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元島根県民のお部屋(島根県の近代建築)

島根県の近代建築・近代化遺産のブログ

旧簸川郡指定物産陳列場(出雲市大社町杵築南)

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大社の神門通り沿いにある、少々大柄な入母屋造の建物。
現在は外壁も観光地的な和風に改装されていますが、
実はけっこう歴史のある建物だったことがわかりました。

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平成15年頃の当該建物です。全体的に和風商家なたたずまいですが、
何となく、洋風な要素もあったり、ベランダもあったりで気になる物件でした。

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ヤフオクで発券した戦前のパンフレットでこの建物の正体がわかりました。
「簸川郡指定物産陳列場」という名の、土産物屋さんだったようです。

*パンフレットにある、「物産陳列場秘蔵」、「出雲名匠故荒川亀斎彫刻」、「出雲お國ノ木造」、
 これはこの物産館の展示の目玉だったようですが、ウィキペディアにそれと同じようなものの画像が掲載されています。
 ウィキペディアの画像は「雲太(旧大社物産館)」に展示されていたものを撮影したもののようです。
 戦前に物産陳列場にあった木造が流れ流れて平成の何処かの時期まで「雲太」で展示されていたものと推察されます。
 「雲太」も今はすでに解体されて無く、出雲お國ノ木造はいったいどこへ行ってしまったのか・・・。


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建物写真がパンフレットに掲載されていたのが決め手となりました。
上掲の平成15年の写真と比較してみますと、看板類や一部窓が埋められている以外は、
おおよそ平成までオリジナルの姿を保っていたということになるかと思います。

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パンフレットの裏面には地図も掲載されており、一畑電鉄大社神門駅が掲載されていることから、
大社線開業の昭和5年以降に発行されたものということがわかります。

【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:簸川郡指定物産陳列場
竣工:戦前
構造:木造
設計者:?
施工者:?

【撮影】
平成15年・令和3年10月

  1. 2025/04/27(日) 22:08:09|
  2. 島根県の近代建築・出雲市
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近況報告

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ご無沙汰しております。
昨年の10月に旧木田小学校の記事を掲載して以来、
ブログの更新を途絶えさせてしまっていました。

Twitterでは活発に活動していたのですが、
腰を据えてのブログ記事はなかなか作業が進まず、
ご覧いただいていた皆様には申し訳ございません。

家庭の事情や、昨年夏から某国家資格の勉強などもしていて、
余裕がなかったというのが正直なところです。
おかげさまで某国家資格試験にも合格しましたので、
少しずつブログのほうも更新を進めていければと思っています。


  1. 2025/04/27(日) 17:14:46|
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旧木田小学校その2(浜田市旭町木田)

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以前ご紹介した、浜田市(旧旭町)木田の旧木田小学校の続報です。

木田小学校は平成25年の閉校後、活用方法を模索し、
平成28年に木田地区の交流施設「木田暮らしの学校」にリノベされました。
歴史的財産価値のある木造校舎を何とか残し活用したいという、
地元の想いから改修・活用に至ったとのことで、
戦前派の木造校舎は今後も姿をそのままに活用されることとなったわけです。

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(昭和10年2月19日付山陰新聞)

山陰新聞にこのような記事を発見しました。
木田に今も屋敷門が残る、富豪佐々田家より10
万円の寄附を受けて新築計画に至ったと記されています。

そして赤線の部分、設計は浜田の河野工業所に依託中と記されており、
これにより、木田小学校の設計者が、河野工業所(河野通孝)によるものと判明しました。

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河野工業所(河野通孝)設計の建物がまた一つ明らかになったということになります。




  1. 2024/10/08(火) 22:32:41|
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旧三原村産業組合倉庫(川本町南佐木)

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川本町の三原八幡宮近く、旧美原小学校の入り口に建つ旧三原村産業組合の倉庫です。
この建物の存在は知らず、いつもお世話になっている地元葦野さんに教えていただきました。

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なぜ「三原村産業組合」の倉庫だとわかるかというと、倉庫の壁にそのように書いてあるからです。

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「原」、「村」、「業」の文字が確認できます。

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「組」、「合」、「庫」の文字が確認できます。

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このような感じで、通風窓で文字が欠落している部分は、それぞれ、「三」、「産」、「倉」を当てはめれば、
「三原村産業組合倉庫」となるわけです。

今は川本町南木佐という地名ですが、昭和30年までは三原村という独立した村でした。
右書きで、戦前の農村組織だった「産業組合」の文字が記されているわけですから、
この倉庫は戦前に建てられ、また戦前に壁にかかれた文字が現在まで残っているということになります。
非常に貴重な産業遺産です。

【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:三原村産業組合倉庫
竣工:戦前
構造:木造・土蔵
設計者:?
施工者:?

【撮影】
令和6年5月
  1. 2024/09/15(日) 15:41:36|
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粟島公園のガゼポ(浜田市元浜町)

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浜田漁港を見下ろす大歳神社の後ろに、ちょっとした展望広場がありまして、
そこにはこのような洋風の東屋(ガゼポ)が残されています。

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正確な建築年は不明ですが、昭和8年に浜田漁港が改良された際の記念絵葉書に
その姿が確認できますので、昭和8年頃までに建設されことは間違いなさそうです。

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キャプションに「粟島公園住吉鼻の景」とあり、粟島公園の一部だったということがわかります。
浜田港を一望できる絶景スポットに建てられたガゼポだったわけであります。

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2024年3月の姿。上掲の絵葉書とできるだけ同じアングルで撮影しようと頑張りました。
草を刈った様子があり、ある程度管理はされているようですが、
ほとんどだれも来ない様子で荒れています。
あまり良い雰囲気ではありませんでした。せっかくの絶景ポイントなのに残念なことです。

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装飾豊かな鉄筋?コンクリート造。

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装飾も残されています。

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ガゼポの中心になにか突起物がありますが、これはテーブルの基部です。

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絵葉書にテーブルが確認できます。テーブルの周りに4脚椅子がありますが、
この椅子は現在は撤去されており、痕跡が床に残っていました。

今でもちゃんと整備をすれば浜田の港や町並みを一望できる、
素晴らしいロケーションであり、観光のポイントにもなると思うのですが、
荒廃著しいのが残念でなりません。

【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:粟島公園施設
竣工:昭和8年頃
構造:鉄筋コンクリート?
設計者:?
施工者:?

【撮影】
令和6年3月


  1. 2024/04/14(日) 22:41:32|
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旧海潮青年研修館(雲南市大東町北村)

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海潮小学校のそばに、木造の建物を見つけました。

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海潮小学校の敷地の道を挟んですぐ隣という立地なので、
学校の付属施設なのかな?という感じはしましたが現地ではよくわからず。

画像1
(大東町誌より)
後日、大東町誌を調べてみると、このような写真と記載がありました。

「大東町誌 」(1974)より引用
なお海潮青年団は昭和11年に小学校校舎に接して青年研修館を建設したが、
戦後昭和27年には現在地へこれを移転増築し、現在研修・会合の場として活用している。


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というわけで、大東町誌に掲載されている建物写真の窓割りなどを見るに、
この建物は「海潮青年研修館」として建てられた建物である可能性が高いと思われます。
現在は玄関の庇部分が失われていますが、玄関上部に撤去された痕跡が確認できます。

大東町誌にある「移転増築」というのが、どのようなものだったのか不明ですが、
昭和11年に建てられたものを移転して、移転先で増築したという風に読めますので、
現存の建物の一部は、昭和11年に新築された当時の部分も残っている可能性があります。

【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:海潮青年研修館
竣工:昭和11年(昭和27年移転・増築)
構造:木造
設計者:?
施工者:?

【参考文献】
大東町誌 1974 大東町

  1. 2024/02/10(土) 23:37:09|
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旧美又信用購買販売組合その3(浜田市金城町追原)

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浜田市金城町追原の美又信組事務所については、日本ジャーナリスト教育センターさんが
建物利活用を目指してクラウドファンディングを実施中ですが(2023.10.10現在)
その活動報告から、大きなニュースが飛び込んできました。

島根建築士協会の協力の元、屋根裏から取り出した板図に、
昭和10年12月25日に竣工したことが記されていたというのです。
当ブログでは2014年に、資料の調査により金城町誌に
「昭和12年2月に追原に二階建て事務所を新築した」という記述を確認し、
これをこの建物の竣工年ではないかとしてきました。
その後、島根県教育委員会でまとめられた「島根県の近代和風建築」(2018)でも、
同じく金城町誌より、美又信組事務所の竣工を昭和12年2月としており、
これが現在まで美又信組事務所の竣工年とされてきていました。
今回の板図の発見により、竣工年が1年以上も早まったことになります。

では、金城町誌にあった「昭和12年2月に新築した。」
という記載はいったいどうしたことだったのでしょうか。

①昭和12年2月は実際の竣工ではなく記念式典を行った年月日だった?
 戦前の公共施設の竣工記念式典の新聞記事を読むと、建物が実際に完成した時期と、
記念式典を行った時期とが数か月、半年から1年ずれているケースが少なくありません。
吉日を選んだり、気候の良い時期を選んだり、様々な理由があったのでしょう。

②昭和12年2月は手続き上の竣工年だった?
121102日銀松江支店y
(大阪朝日新聞島根版 S12.11.2)

一例として、旧日本銀行松江支店の事例をご紹介します。
 旧日本銀行松江支店の竣工は、様々な公の資料でも昭和13年とされていますが、
当時の新聞記事を見ると、前年の昭和12年11月に建物は完成しており、
11月のうちに竣工修祓式を開催、12月上旬に執務開始とあります。
記念式典も昭和12年中に開催されているのに、公の記録では昭和13年竣工としている理由は
どこになるかということになるわけです。

130326出来上がった日銀松江支店y
(大阪朝日新聞島根版 S13.3.26)

昭和13年3月の新聞記事では、
「さきほど松江市京橋橋畔に壮麗な姿をもってデビューした日本銀行松江支店の
新築工事はいよいよ三月末をもって不動産取得税の申告期限となるが-(以下略)」

とあります。この記事からすると、公に伝えられている昭和13年3月というのは、
記事中にある「不動産取得税の期限」を以て竣工としているのではないかと思われますが、
いかがなものでしょうか。

美又信組事務所の築年についても、実際に(物理的に)竣工した昭和10年12月25日に対して、
金城町誌では、何らかの手続きが完了した年月日をもって、昭和12年2月に新築した。
という記載にしたという考え方もできるというわけです。

  1. 2023/10/09(月) 14:40:23|
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旧美又信用購買販売組合事務所のクラウドファンディング

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浜田市金城町追原の旧美又信用購買販売組合事務所の建物について、
本ブログでは何度かご紹介しています。
近年は空き家の状態が続いており、今後どうなるのかと心配していました。
今年(2023)の9月に入って、クラウドファンディングにより、この建物を再生・活用するという、
とてもうれしい動きがありましたので、ご紹介します。

クラウドファンディングにより、この建物を改修・活用しようという取り組みを行っているのは、
一般社団法人・日本ジャーナリスト教育センターという団体です。

このメンバーの一人である、島根県にお住まいになりながら、
地域のニュースを記録・発信されている、ローカルジャーナリストの田中輝美さんが、
小さい頃に縁のあった建物だったそうで、思い出のあるこの建物を残したいとの思いから、
建物の購入、クラウドファンディングによる改修・活用を決断されたとのことです。

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建物の改修を通じて、人やモノ、地域をつなぐ「共存共栄」の拠点をめざすとのことです。
これはまさに、この建物の正面に掲げられた、かつての信用組合の理念である、
「共存同栄」の考えとも通じるものがあり、元信用組合の建物の活用方法として、
最もマッチしたものではないでしょうか。

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近年、島根県内では近代建築の解体が相次いでいます。
少子高齢化・過疎化の流れは厳しく、個人や地域はもちろんのこと、
自治体ですら近代の建物を維持するのが相当厳しくなっているのが
実情ではないかと思います。
そのような中で、戦前に建てられた旧産業組合の建物を改修・活用しようという動きは、
光明とも言え、なんとかクラウドファンディングを成功させて、この建物を次の世代へ
引き継ぐことができれば、こんなに嬉しいことはありません。

ブログをご覧くださった皆様にも、
ぜひクラウドファンディングへのご協力を頂きたく、
下記、クラウドファンディングのページをご覧いただければ幸いです。


島根県美又地区|地域で愛される建物にみんなで新たな命を吹き込みたい

どうぞよろしくお願いいたします。



  1. 2023/09/24(日) 23:28:28|
  2. 島根県の近代化遺産(その他)
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木村義男アトリエ(松江市新庄町)

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(松陽新報 昭和5年11月11日付)

昭和5年の松陽新報に、本庄村(現松江市本庄町)に
木村義男のアトリエが新築されたという記事がありました。

「木村氏にアトリエを新築し贈呈式を挙行す」
昨九日八束郡本庄村木村画伯のアトリエ落成式挙行、
(中略)
午前十一時挙式来賓吉岡勘之助氏、大坪博士、西尾家政女学校校長、
森澤松操女学校長、櫻井天象氏等五十余名
先づアトリエ建築後援会幹事長森山與八郎氏左の如き式辞あり、
次いでアトリエ建築引寺本正氏の工事報告、
工事設計者飯塚工業学校教諭及び、工事請負者小林得助氏に記念品贈呈
(後略)


設計者が「飯塚工業学校教諭」と記されています。
以前ご紹介した有福温泉の御前湯の設計者であった飯塚源吉が、
この洋風建築の設計に携わっていたことが分かりました。


木村義男は島根出身の洋画家で、県立美術館の収蔵データベースでは次のように記されています。

以下「収蔵データベース」より引用
島根県松江市本庄町に生まれる。
1914(大正3)年松江で丸山晩霞の指導を受け、
平塚運一の勧めにより上京、川端画学校で藤島武二に師事する。
1916年18歳の時に《水郷暮色》が第3回日本美術院展初入選。
1918年の帰郷後も、帝展、文展に出品を続け、1936(昭和11)年帝展無鑑査推薦となる。
戦前の松江洋画研究所、戦後の島根洋画会の創立に加わり、
後進の指導にあたるなど、島根県の美術振興に尽くした。


地元で活躍していた木村義男のために、
松江の有力者たちがアトリエを提供したということになります。

本庄町にこのような洋風建築が現在も残っていれば、
かなり目立つのではないかと思い、Googlemapで色々探しましたところ、
見つかりました。

画像1
かなり荒廃した姿ではありますが、2012年に撮影したストリートビューにその姿が確認できました。

051111木村義男アトリエtう
同一ですね。

残念ながら、最新のストリートビューでは駐車場になってしまっており、
この建物は現存していないというのが事実です。
もう少し早く、この建物の存在に気が付けていれば・・・と悔やまれるのですが、
郷土の洋画家のアトリエが近年まで本庄に現存していたという記録のために、
ブログに記すことにいたしました。

【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:木村義男アトリエ
竣工:昭和5年
構造:木造?
設計者:飯塚源吉
施工者:小林得助

【参考文献・HP】
松陽新報 昭和5年11月11日付記事
島根県立美術館収蔵データベース

  1. 2023/09/02(土) 14:31:17|
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旧阿井村産業組合事務所・倉庫(奥出雲町上阿井)

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2012年に紹介した、仁多町上阿井のJAについて、新たな情報です。

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昭和17年に、阿井村産業組合事務所として建てられたもの。ということが分かりました。
戦時中に建設されたことになりますが、資材(木材)は当地の櫻井家から寄付があったとのことです。

これは、SNS上で、この地の御出身の方が、
現在も阿井地区にお住いの御親族から聞き取り、教えてくださったものです。

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事務所の向かいには農業倉庫が建てられていますが、
これは事務所より1年早く昭和16年の築とのことです。
同じ昭和16年には出雲三成駅前にも阿井村の農業倉庫が建てられ、
こちらは後年、亀嵩の玉峯山荘へ移築され現存しています。

まとめ
阿井村産業組合事務所(現JA雲南阿井支所) 昭和17年築
阿井村産業組合倉庫(現JA雲南阿井支所倉庫) 昭和16年築
阿井村産業組合出雲三成駅前倉庫(現玉峯山荘) 昭和16年築

地元にゆかりのある方からの情報提供で、
3件もの近代化遺産の素性を知ることができました。
ありがとうございます。





  1. 2023/07/22(土) 17:32:11|
  2. 島根県の近代建築・出雲地方
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