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元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

亀嵩駅(奥出雲町郡)

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木次線の亀嵩駅駅舎です。外観は改修されてそれほど古い建物のようには見えませんが、
昭和9年の開業当時の駅舎が現役で残されています。

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(昭和9年11月20日付松陽新報より)
亀嵩駅は、昭和9年11月20日の出雲三成~八川間の延伸開業に伴って、
出雲横田駅、八川駅と共に開設された駅です。
新聞記事写真の中段にあるのが開設当時の亀嵩駅の姿です。

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昔の亀嵩駅の写真を見ますと、八川駅とデザインが共通していることがかわかります。
亀嵩駅と八川駅とを比べると、違いは玄関の位置が向って右にあるか左にあるかというくらいでしょうか。

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駅舎内は昔ながらの雰囲気で、出札口なども当時の面影を伝えています。

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現在は駅員無配置の亀嵩駅ですが、駅事務室スペースが出雲そばのお店になっていることはあまりにも有名です。
「扇屋そば」さんは昭和48年創業ということで、もう相当な老舗です。
休日にもなれば蕎麦目当ての観光客の車で駅前は埋まります。

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釜揚げ蕎麦を頂きます。もちろんウマいです。
予約をすれば、「蕎麦弁当」を列車に合わせてホームまで届けてくれるそうです。

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以上、亀嵩駅でした。
また木次線に乗って訪問したいなぁと思う次第です。

【建物のプロフィール】
建物名:亀嵩駅
竣工:昭和9年
構造:木造
設計者:? 
施工者:?

【参考WEB】
もっとつながる木次線
扇屋そば


【撮影】
平成25年9月


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  1. 2020/01/05(日) 11:53:22|
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出雲八代駅(奥出雲町馬馳)

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令和2年最初のご紹介は木次線の出雲八代駅駅舎です。

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出雲八代駅昭和7年に木次出雲三成間が開業した際に解説された駅です。
現在の駅舎もその際に建設されたものと思われます。

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現在は無人駅ですが、出札所の設えなど、昔のままに保たれています。

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待合室も大変綺麗に管理されています。
利用者はそれほど多くなさそうですが、地域のよりどころとなっているのでしょうか、
訪問した際にも地元の方が待ち合わせに使ったりと、人の出入りが多いのが印象的でした。

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改札口。木製のラッチが保存されています。

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昔ながらの駅名標。旅情を感じさせます。

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少し前までは玄関のあたりに木があって、建物も古びた印象だったのですが、
最近になって修繕された様子で大変に美しい姿になっています。
島根県内でも木造駅舎はだんだん姿を消していますが、
木次線に限って言えば、現存する駅舎はどこも大切にされている印象です。

【建物のプロフィール】
建物名:出雲八代駅
竣工:昭和7年
構造:木造
設計者:? 
施工者:?

【撮影】
平成29年4月

  1. 2020/01/02(木) 23:37:24|
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旧景山家住宅(奥出雲町三沢)

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以前ご紹介した奥出雲町三沢の旧家について、「島根県の近代和風建築」に詳細がありましたのでご紹介します。

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この建物は旧景山家住宅といい、この土地の名家のお屋敷でした。
かつては造り酒屋も営んでいたようです。

建物の建築は昭和2年、設計は佐藤作造、棟梁は長谷川松太郎という方で、
この棟梁は出雲エリアの豪農のお抱え棟梁だった方だそうです。

この建物は訪問した平成29年の段階では空き家の状態でしたが、
翌平成30年になって奥出雲町の手により、起業・創業の活動を支援する拠点として
改修され、現在、「みらいと奥出雲」と名付けられて活用されています。

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ちなみに景山家の近くにある赤枠で囲った建物も現存しているのです。

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「島根県の近代和風建築」によりますと、大正9年に建てられたとのことです。

【建物のプロフィール】
建物名:景山家住宅(みらいと奥出雲)
竣工:昭和2年
構造:木造
設計者:佐藤作造
施工者:長谷川松太郎

【撮影】
平成29年4月

【参考資料】
島根県の近代和風建築 平成30年 島根県教育委員会



  1. 2019/08/10(土) 10:35:22|
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木次村方公会堂(雲南市木次町)

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木次町村方、ホシザキ電機の工場の向かいに建っている木次村方公会堂です。
公会堂と言っても、音響設備の整った大規模なものではなく、
いわゆる集落の集会所といった佇まいの建物です。
「島根県の近代化遺産」には未記載、ブログ主も何度もこの建物の前を通っていたはずですが、
存在に気が付いていませんでした。

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(松陽新報 昭和10年5月28日付)

この建物の存在は松陽新報で知りました。
新聞記事では昭和10年5月26日に落成式を挙げた事が報じられています。
建物の写真も掲載されていたことからグーグルで確認したところ、
現存していることが判明しましたので現地を訪問してきました。

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道路から少し階段を上がった小高い丘に建っています。
建物の前の門柱も落成時の写真と同じもののようです。

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門柱の根元には「昭和拾年五月吉日」と刻まれていました。

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玄関部分。

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質実剛健な役場風の建物ですが、玄関庇の持ち送りが唯一のオシャレポイントでしょうか。

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建具がアルミサッシに変わった以外は原型を保っているようです。
地域の集会所(公会堂)はたくさんありますが、
戦前に建てられたものが原形を保ったまま活用されているという点では
大変貴重な例だと思います。

【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:木次村方公会堂
竣工:昭和10年5月
構造:木造
設計者:?
施工者:?

【撮影】
令和元年5月
  1. 2019/05/19(日) 14:37:30|
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横田相愛教会(仁多郡奥出雲町横田)

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奥出雲といえば神話の故郷として知られた地域ですが、横田町には教会建築が残されています。

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横田相愛教会は大正12年、地元の名士であり敬虔なキリスト教徒であった
岡崎喜一郎氏が私財を投じて建設されたものです。
当時の教会名は「救世軍横田小隊会館」でした。

設計は松江の「山陰道産業」の設計で知られる成田光二郎、施工は内田武之助です。
昭和14年以降、昭和52年まで横田郵便局として使用された後、
横田相愛教会として本来の用途に戻り現在に至ります。

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平成8年には国の登録有形文化財に指定されています。

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救世軍横田小隊時代の絵葉書です。
鎧戸が痛んでいたり、屋根の塗装も一部剥げている様子ですから、完成直後の撮影ではなさそうです。

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アーチの玄関。

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側面。

7 140619横田大火罹災図(松陽新報)t
(昭和14年6月19日付松陽新報記事に加筆)
昭和14年6月17日、横田の中心部は大火によって焼失しましたが、
火は教会の手前でとまり、この教会は焼失を逃れています。
上掲は当時の松陽新報に掲載されていた罹災図です。
新聞記事赤矢印の部分が教会で、ギリギリのところで焼失を免れたことが分かります。

【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:救世軍横田小隊
竣工:大正12年
構造:木造
設計者:成田光二郎
施工者:内田武之助

【撮影】 
平成25年9月

【参考文献・HP】
島根県の近代化遺産 平成14年 島根県教育委員会
「横田歴史文化写真帖」  平成16年 横田町文化協会
山陰新聞記事
松陽新報記事


  1. 2019/01/06(日) 22:48:57|
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