元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

旧海潮村産業組合倉庫(雲南市大東町南村)

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海潮中学校前、JAしまね海潮店の敷地内に残る、産業組合時代の農業倉庫です。

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(松陽新報昭和15年7月15日付)
昭和15年の松陽新報で、海潮村産業組合が設立30周年を迎えたという記事があり、
その写真にこの倉庫が写っているのを確認することが出来ました。
倉庫の建築年代はわかりませんが、少なくとも戦前、記事が書かれた昭和15年以前に、
海潮村産業組合の倉庫として建てられたのは間違いないのではないかと思われます。

15715海潮産業組合tt
写真の拡大。写真が黒く潰れているのが残念ですが、倉庫前室の柱のあたりは現在と全く変わりません。

CIMG2916.jpg
新聞とほぼ同じアングルから。事務所は建て替えられていますが、倉庫は昔のままのように見えます。

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こちらの写真は平成15年頃に、ブログ主が撮影したもの。
当時は「貯金は農協え」の文字が書かれていました。

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この文字がいい味出していたんですけどねぇ。

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現在の姿。いつの間にか文字は消されてしまいました。
よく見ると屋根に突き出ていた換気用の煙突も失われています。

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前室のガラス戸も昔のままで素敵な風情です。

CIMG2921.jpg
表から見ると状態が良さそうなのですが裏手はこの通り、あちこちで壁が崩れてしまっています。
よく見ると倉庫そのものゆがみが生じているように見え、かなり状態は悪いのではないかと思われます。


【撮影】
平成29年4月
平成15年頃(古い写真)

【建物のプロフィール】
昔の建物名:旧海潮村産業組合倉庫
現在の建物名:JAしまね海潮店倉庫
竣工:戦前

【参考文献】
昭和15年7月15日付松陽新報
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  1. 2018/02/11(日) 22:28:39|
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旧横田町森林組合(奥出雲町横田)

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旧横田町の市街地は、出雲横田駅旧山陰合同銀行横田支店、横田相愛教会など、
昔ながらの町並みの中に近代建築が点在している桃源郷です。

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その町並みの中、旧合銀横田支店と相愛教会の間に1軒洋風な建物が建物が残されています。
現在は商店の倉庫?作業場?のような使われ方をされているようですが、全体を見ますとなかなか立派な建物です。

これまでこの建物の出自が分からないでいたのですが、
島根県立図書館でたまたま見かけた、「横田歴史文化写真帖」という、
地元横田町で刊行された写真集に、この建物の手掛かりがありました。
写真のキャプションより元は「横田町森林組合」の事務所として使われていたという事です。

この件について奥出雲町の教育委員会に問い合わせをさせていただいたところ、次のような回答をいただきました。

・昭和14年の横田大火後に建設されたものと思われる(昭和14年から昭和15年の間)
・当初から横田町森林組合の事務所として建設されたものと思われる

横田町誌より「横田大火」を紐解いてみますと、昭和14年6月17日の16時頃出火、
全焼81戸、半焼11戸の被害を出して同日21時頃に鎮火したとのことでした。

「目で見る雲南・出雲の百年」には相愛教会の手前まで焼野原になった横田の町を写した写真がありました。
(つまり、この建物は大火後に建てられたという事が証明されるわけです)

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商店風に1階正面は開口していますが、当時は役所風な玄関を持っていたことが当時の写真から確認できます。
横田町史より、森林組合は昭和30年代には移転をしているようですので、
それ以降は商店などに使われたのかもしれません。

【撮影】
平成25年9月

【参考文献】
「横田町誌」 昭和48年 横田町
「目で見る雲南・出雲の百年」 平成11年 郷土出版社
「横田歴史文化写真帖」  平成16年 横田町文化協会

*当該建物については奥出雲町教育委員会様より情報をいただきました。ありがとうございました。
  1. 2017/12/14(木) 21:30:46|
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旧吉田小学校講堂(雲南市吉田町)その2

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以前ご紹介した、旧吉田小学校講堂ですが、
建築当初の様子や学校の歴史などについて調べてみましたので、二回にわかってご紹介したいと思います。

旧吉田小学校講堂に関しては、松陽新報昭和12年12月21日付の記事にその詳細が記載されていますので、
必要な部分について抜粋してみます。

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松陽新報(昭和12年12月21日付)

「飯石吉田小学校 移転新築落成式挙ぐ」
飯石郡𠮷田村小学校は近時学童の著しい増加にともない校舎の狭隘を生じ、
これが改築移転の議起り、挙村一致去る昭和10年6月整地に着手、
一般村民、在郷軍人会、青年学校生と青年団員等の労力奉仕にて同9月中旬完了、
つづいて昭和11年2月20日、総工費7万円余をもって嘉村和市氏請負建築に着し、
この程完成したので21日午前10時より盛大なる落成式を挙行するが・・・
(後略)

「誓ふ教育報告 吉田村小学校長 曾田為市氏談」
(前略)
現在の校舎は大正7年7月に新築落成当時に於いては郡内稀な完備したものであったが、
本村は築年学齢児童が著しく増加するので改築の必要が迫った
現校地は拡張の余地がないので遂に移転改築の議成り、昭和10年6月から敷地土工に着手
、熱誠溢れる全村民諸君と村内各種団体員各位の奉仕及び寄付金とによって同年末土工は竣工した。
校地は元耕地で
(中略)
本年5月校舎建築の起工ありここに落成式を挙げらるるに至った
校舎は木造二階建、其他講堂屋内体操場などこの新築費惣工費6万数千円を要し、
講堂、普通教室、事務室、応接室、器具図書室、衛生室あり。
特別教室としては手工室、理科室、家事室、作法室、屋内体操場備わり、
付属建物としては使丁室、物置、便所など完備し、
殊に講堂作法室は真に児童生徒の精神道場として最も相応しい立派なものである
(中略)
移転新築の議が起こるや教育に深き理解と同情とを有せらるる田部家よりは、
敷地の無償提供、建築費へ金二万五千円の巨額並びに
備品などの御寄贈ありしのみならず工事に対しても多大のご援助を仰ぎ・・・
(後略)


記事冒頭の要約と、その次の校長先生談話とで、
建築年などに食い違いが見られますがおおよそ以下の事実を読み取ることが出来ます。

・従来の校舎(大正7年7月竣工)が老朽化し、児童も増えて手狭になった
・改築に際しては田部家が新しい土地と建築費用(2万5千円)、備品を提供してくれた
・敷地の整地にあたっては村民、村内各種団体の奉仕活動があった
・建築費は7万円前後
・建築請負は嘉村和市
・2月or5月に着工、12月ごろ竣工

𠮷田村は山林王田部家のおひざ元ですから、田部家から相当の協力があったことが窺えます。

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松陽新報(昭和12年12月21日付)

名刺広告のページを抜粋してみました。
田部長右衛門(22代)とその子息の田部朋之のお二人がトップを飾っています。
田部朋之は後の23代田部長右衛門となる人で、
戦後、3期にわたって島根県知事(昭和34年~昭和46年)を務めています。

田部家の下には「工事監督 落合伝四郎」、「請負業 嘉村和市」の名があります。
「落合伝四郎」は当時の新聞を確認すると、直江小学校(大正15年)、塩冶小学校(昭和3年)、
稗原小学校(昭和12年)、朝山小学校(昭和12年)などの工事監督に関わっていました。

「嘉村和市」は上津村(現出雲市)の人で、大正~昭和期の出雲地方の学校建築などにその名が見られます。
吉田小学校とほとんど同時期に、大社の大社高等家政女学校の校舎も手掛けています。
今ほど交通が便利ではなかった時代、
同時期に離れた工事現場を掛け持ちするのは大変だったのではないかと思います。

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建築当初のものと思われる絵葉書です。
2階建ての校舎の両翼より左手に現存する講堂、右手に特別教室?が張り出している形です。

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講堂部分を拡大してみました。
現在の姿と比較してみますと、建築当初とほとんど姿が変わらないことが分かります。




  1. 2017/09/24(日) 13:30:24|
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旧吉田信用購買販売利用組合事務所(雲南市吉田町)

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旧吉田村の中心である吉田の町はメインストリートのなだらかな坂の通りに沿って、
田部家の土蔵群をはじめとした歴史的な街並みが形成されており、
たたら製鉄でにぎわった近世・近代の面影を現在に伝えています。

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今回ご紹介する「旧吉田信用購買販売利用組合事務所」は、
そんな歴史的な街並みの一角にあって洋風の意匠が町並みに彩をそえる素敵な近代建築です。

この建物は、昭和6年*に吉田村の産業組合の事務所として建てられたもので、
現在も旧吉田村地域の商工会館として利用されているようです。
「新版日本近代建築総覧」によれば、設計は秋鹿隆一郎とされています。

*建築年についての考察は後述

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玄関周りの意匠。

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木造二階建てで、当時の洋風建築としては標準的なサイズと見受けられますが、
一階部分の窓の高さがかなり低く抑えられており、
その分、一階窓と二階窓との間の飾り板が縦に長過ぎる感じがあり、
やや全体のバランスが悪いような気もしないでもありません。

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飾り板の意匠などは、後年秋鹿隆一が設計した、有福小学校の校舎にも似たデザインです。

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建物の裏側。

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建物正面向かって左側には後年のものと思われる増築部分がありました。
二階窓は左右対称になっていますが、左端の窓下の飾り板部分は半分くらいで切られており、
何らかの改装が後年なされた可能性もあるかと思われます。


【建築年に関する考察】

建築年については、前述の「新版日本近代建築総覧」のリストでは昭和6年とされていますが、
その後、平成14年に島根県教育委員会から出された「島根の近代化遺産」によるリストでは、
「昭和7年頃」と記載されています。

旧𠮷田村については村誌が刊行されていないため、
近現代の吉田村の動きを体系的に追うことができません。

しかし、当該信用組合事務所については幸いなことに、
戦前に刊行された「島根県飯石郡𠮷田村誌資料第2輯」という資料に、
建設当時の状況に関する記述が残されていました。少し長いですが引用します。

島根県飯石郡𠮷田村誌資料第2輯(昭和11年版) 愛郷会編輯部編
77.無限責任吉田信用購買販売利用組合の沿革

昭和6年
・事務所狭隘なるを以て新築することに決し9月4日吉田町1576番地堀江稲行氏宅を仮事務所として移転す
・9月10日事務所新築地鎮祭を行う

昭和7年
・事務所新築略ぼ完成したるを以て請負者より仮受取をなし1月4日新事務所に移転す
・本館 間口8間奥行6間(二階建)建坪48坪
・倉庫 間口7間奥行2間半(平屋)建坪16坪5合
此惣工費 4600円也
工事請負者 吉田村職工会
・(4月21日)事務所新築落成祝賀会兼25周年記念式を開催す


いかがなものでしょうか、事務所がほぼ完成したので、昭和7年1月4日に新築事務所に移転したとあります。
なんと微妙な時期に完成したのでしょう。
これは「島根の近代化遺産」が建築年を「昭和7年頃」とした気持ちも何となくわかるような気がいたします。

1月4日に移転ということは、さすがに三が日に作業をしていたとは考えにくいですから、
昭和6年の暮れにはおおむね出来上がっていて、正月過ぎてから仕事始め?の4日に
移転しようということになったものなのではないでしょうか。

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外装もきれいに保たれていて大切にされていることが分かります。
せっかくなのでカフェや町並み資料館のような形で観光客にも開放していただけると、
吉田の町歩きの魅力も増すのではないかと思います。

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こういう風景を見ていると島根に行きたくなります。



【建物のプロフィール】
昔の建物名:旧吉田信用購買販売利用組合事務所
現在の建物名:吉田村商工会館
竣工:昭和6年
構造:木造2階建
設計者:秋鹿隆一
施工者:吉田村職工会

【参考文献】
島根県飯石郡𠮷田村誌資料第2輯 昭和11年 愛郷会編輯部編
新版日本近代建築総覧 昭和58年 日本建築学会
島根県の近代化遺産 平成14年 島根県教育委員会

  1. 2017/07/14(金) 23:29:37|
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出雲横田駅(奥出雲町横田)

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出雲横田駅は木次線の要衝、駅舎は開業当初以来の木造駅舎です。

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昭和8年11月20日付山陰新聞

木次線の出雲三成~八川間は、昭和9年11月開業しました。
開業に伴い設置された駅は亀嵩、出雲横田、八川の三駅で、
いずれの駅舎も現在まで開業当初の姿を残しています。

91120木次線拡大1
新聞記事に掲載された開業区間の駅写真、上より、出雲横田駅、亀嵩駅、八川駅です。
すでに八川駅はご紹介していますが
亀嵩駅も玄関の位置が左右逆なだけで、八川駅とほぼ同じスタイルです。
これに対して出雲横田駅は社殿風で一段と立派な駅舎です。

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注連縄が印象的な玄関、神話のふるさと奥出雲らしいたたずまいです。

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「島根の近代化遺産」によれば、
建設にあたり、「神話の里、奥出雲にふさわしい駅舎を建設してほしい」という
地元の要望をくんで設計され、宮大工を呼び寄せて建てられたとのことです。

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外壁木部は校倉造り風のしつらえになっています。

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ホーム側からの眺め。
駅舎隣のトイレも、駅舎のデザインに合わせてあります。

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列車の本数の少ない木次線ですが、
駅舎の撮影中にトロッコ列車「奥出雲おろち号」が入線してきました。

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出雲横田駅周辺には、神話にまつわるスポットも数多く点在しています。
ぜひとも途中下車して駅を愛でつつ神話の里めぐりをしたいものです。

【撮影】
平成29年4月

【参考文献】
「島根の近代化遺産」  平成14年 島根県教育委員会

  1. 2017/04/16(日) 23:16:53|
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