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元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

旧景山家住宅(奥出雲町三沢)

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以前ご紹介した奥出雲町三沢の旧家について、「島根県の近代和風建築」に詳細がありましたのでご紹介します。

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この建物は旧景山家住宅といい、この土地の名家のお屋敷でした。
かつては造り酒屋も営んでいたようです。

建物の建築は昭和2年、設計は佐藤作造、棟梁は長谷川松太郎という方で、
この棟梁は出雲エリアの豪農のお抱え棟梁だった方だそうです。

この建物は訪問した平成29年の段階では空き家の状態でしたが、
翌平成30年になって奥出雲町の手により、起業・創業の活動を支援する拠点として
改修され、現在、「みらいと奥出雲」と名付けられて活用されています。

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ちなみに景山家の近くにある赤枠で囲った建物も現存しているのです。

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「島根県の近代和風建築」によりますと、大正9年に建てられたとのことです。

【建物のプロフィール】
建物名:景山家住宅(みらいと奥出雲)
竣工:昭和2年
構造:木造
設計者:佐藤作造
施工者:長谷川松太郎

【撮影】
平成29年4月

【参考資料】
島根県の近代和風建築 平成30年 島根県教育委員会



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  1. 2019/08/10(土) 10:35:22|
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木次村方公会堂(雲南市木次町)

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木次町村方、ホシザキ電機の工場の向かいに建っている木次村方公会堂です。
公会堂と言っても、音響設備の整った大規模なものではなく、
いわゆる集落の集会所といった佇まいの建物です。
「島根県の近代化遺産」には未記載、ブログ主も何度もこの建物の前を通っていたはずですが、
存在に気が付いていませんでした。

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(松陽新報 昭和10年5月28日付)

この建物の存在は松陽新報で知りました。
新聞記事では昭和10年5月26日に落成式を挙げた事が報じられています。
建物の写真も掲載されていたことからグーグルで確認したところ、
現存していることが判明しましたので現地を訪問してきました。

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道路から少し階段を上がった小高い丘に建っています。
建物の前の門柱も落成時の写真と同じもののようです。

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門柱の根元には「昭和拾年五月吉日」と刻まれていました。

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玄関部分。

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質実剛健な役場風の建物ですが、玄関庇の持ち送りが唯一のオシャレポイントでしょうか。

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建具がアルミサッシに変わった以外は原型を保っているようです。
地域の集会所(公会堂)はたくさんありますが、
戦前に建てられたものが原形を保ったまま活用されているという点では
大変貴重な例だと思います。

【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:木次村方公会堂
竣工:昭和10年5月
構造:木造
設計者:?
施工者:?

【撮影】
令和元年5月
  1. 2019/05/19(日) 14:37:30|
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横田相愛教会(仁多郡奥出雲町横田)

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奥出雲といえば神話の故郷として知られた地域ですが、横田町には教会建築が残されています。

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横田相愛教会は大正12年、地元の名士であり敬虔なキリスト教徒であった
岡崎喜一郎氏が私財を投じて建設されたものです。
当時の教会名は「救世軍横田小隊会館」でした。

設計は松江の「山陰道産業」の設計で知られる成田光二郎、施工は内田武之助です。
昭和14年以降、昭和52年まで横田郵便局として使用された後、
横田相愛教会として本来の用途に戻り現在に至ります。

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平成8年には国の登録有形文化財に指定されています。

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救世軍横田小隊時代の絵葉書です。
鎧戸が痛んでいたり、屋根の塗装も一部剥げている様子ですから、完成直後の撮影ではなさそうです。

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アーチの玄関。

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側面。

7 140619横田大火罹災図(松陽新報)t
(昭和14年6月19日付松陽新報記事に加筆)
昭和14年6月17日、横田の中心部は大火によって焼失しましたが、
火は教会の手前でとまり、この教会は焼失を逃れています。
上掲は当時の松陽新報に掲載されていた罹災図です。
新聞記事赤矢印の部分が教会で、ギリギリのところで焼失を免れたことが分かります。

【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:救世軍横田小隊
竣工:大正12年
構造:木造
設計者:成田光二郎
施工者:内田武之助

【撮影】 
平成25年9月

【参考文献・HP】
島根県の近代化遺産 平成14年 島根県教育委員会
「横田歴史文化写真帖」  平成16年 横田町文化協会
山陰新聞記事
松陽新報記事


  1. 2019/01/06(日) 22:48:57|
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稲田神社社務所(仁多郡奥出雲町稲原)

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先にご紹介した稲田神社の参道に架かる神徳橋に関連して、
同時期に建設された稲田神社社務所をご紹介します。

2 071118稲田神社遷宮祭
(昭和7年11月18日付 山陰新聞)
現在の稲田神社は出身の篤志家、小林徳一郎氏の寄進により、
おおよそ昭和7~8年、昭和13年~14年の二期にわたりおおよその建物、諸施設が整えられました。
社務所は昭和7年、第一期工事の間に、本殿、幣殿などと一緒に建設されたものです。

昭和7年11月18日付 山陰新聞記事より
「工事の概要 設計監督平野宇一郎氏」
(前略)
幣殿は基礎を花崗岩にして付属の向拝と通殿ともに総て屋根を銅板張として
之には特に新様式を加味した正殿造りを用い、檜柱に松材をあしらった苦心は
社務所建築に杉材、松材を使用した耐久性顧慮と同一目的で、
殊に社務所の屋根は八束郡意東村産の銀波尾を主として
下部を銅板葺にするを敢えてなし建築の永久性を念願している
社務所には二十二畳敷の客間と次の間を順に本式にしつらえ、
その外に三百坪の住宅を付属建築にしました
(後略)


昭和7年11月18日付松陽新報より
「稲田神社-造営の概要 設計監督平野宇一郎氏談」
本工事は本年4月8日起工式を行い引き続き社務所新築に着手す
桁行7間梁間7間の本屋に1間半の玄関付
基礎はすべてコンクリート工事を以てし、
木造平屋建切妻造り瓦葺き及銅板葺きにして総工費は1万円を要した
(後略)


これ等の記事から建物の概要をまとめますと、
・起工は昭和7年4月8日
・サイズは7間×7間
・基礎はコンクリート
・杉と松を使用
・屋根は瓦葺きならびに銅板葺き
という事が分かります。

山陰新聞にある意東村産の「銀波尾」というのがよくわからないのですが、
松陽新報で瓦葺きとありますから、瓦の一種の名前なのでありましょう。

3 071118稲田神社遷宮祭
昭和7年11月18日付 山陰新聞記事より
新聞記事にも建築当初の社務所の写真がありました。
記事にもあります通り、建築当初は瓦葺きであり、重厚な雰囲気があります。

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現在は瓦葺きではなく、鉄板葺き?に改装されています。

5 071118稲田神社遷宮祭名刺広告
昭和7年11月18日付 山陰新聞記事より
上掲の新聞記事にもあります通り、社務所をはじめとした諸施設の設計、工事監督には、
松江建築事務所の平野宇一郎氏がその任に当たっていました。

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長らくこの社務所はあまり活用されていなかったようですが、近年になって改装され、
「姫のそば ゆかり庵」という地元のそば粉を使った出雲そばのお店として活用されるようになりました。

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社務所内部の雰囲気のある客間でお蕎麦がいただけます。
新聞記事にあった「二十二畳の客間」なのでしょう。

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釜揚げ蕎麦。美味しい!

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割子蕎麦。やっぱり美味しい!

横田へお越しの際は稲田神社参拝がてら、「姫のそばゆかり庵」さんでぜひ、美味しいお蕎麦を食べてください。

【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:稲田神社社務所
竣工:昭和7年
構造:木造
設計者:平野宇一郎(松江建築事務所)

【撮影】 
平成29年4月

【参考文献・HP】
「聞書 小林徳一郎翁伝」 昭和37年 小林徳一郎翁顕彰会
山陰新聞記事
松陽新報記事



  1. 2019/01/03(木) 22:49:57|
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木次機関庫(雲南市木次町)

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木次町の観音山から眺めた木次線の木次駅と車庫です。

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(松陽新報 昭和12年12月14日付)

「駅頭を飾る木次機関庫 けふ竣工祝賀式」
木次線の全通により新設された木次機関庫は
総工費二十二万を以て昭和十二年二月起工、
この程竣工しこれに伴い保線区車掌所等も新設せられ
(後略)


昭和12年12月に八川~備後落合間が開業し、木次線は全通、
それに伴い、木次駅に機関庫等が設けられ、
木次は木次線管理の中枢を担う駅になりました。
新聞に掲載された写真も上掲の画像とほぼ同じ位置・アングルです。
新聞写真に確認できるカーブするホームや機関庫などは今も変わりません。

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木次機関庫を拡大してみます。

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改修されていますが現在もほとんど変わらぬ姿を保っています。

【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:木次機関庫
竣工:昭和12年

【撮影】 
平成27年9月

【参考資料】
松陽新報

  1. 2018/12/23(日) 21:45:33|
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