FC2ブログ

元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

旧阿須那郵便局(邑南町阿須那)

1
歴史的な街並みの残る、旧羽須美村(邑南町)阿須那の元郵便局の建物です。
現在は池月酒造の店舗兼事務所として使われています。
完全に池月酒造と一体化しているので、元々池月酒造の建物だと思っていたのですが、
SNS上で元郵便局と教えてくださった方いらしたので「羽須美村誌」にて確認したところ、
当該建物は郵便局だったという記述がありました。

いつ建てられたのか、いつ現局舎に移転したのかは資料が見つかりませんでしたので、
今後調査を進めていきたいと思います。

12_201910141607589e7.jpg
屋根をよく見てみると「〒」マークがあります。郵便局だった証ですね。

2_20191014160755d38.jpg
元郵便局正面。お酒を買いがてら建物の事を聞こうと狙っていたのですが、
あいにく訪問時はお休みだったようでかないませんでした。再訪の必要があります。

3
郵便局と池月酒造の全景。
阿須那も素晴らしい町並みが残っているので、もっと知ってもらえたらと思います。

【建物のプロフィール】
建物名:旧阿須那郵便局
竣工:?
構造:木造
設計者:?
施工者:?

【撮影】
平成26年4月

【参考資料】
羽須美村誌下巻 昭和63年 羽須美村

スポンサーサイト



  1. 2019/10/14(月) 16:28:12|
  2. 島根県の近代建築・石見地方
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

旧石見市木自動車駅(邑南町市木)

CIMG9619.jpg
邑南町市木の中心集落から少し離れた県道沿いに佇む、省営自動車の駅の遺構です。

CIMG9609.jpg
省営自動車とは戦後の国鉄バス、現在のJRバスの大元と言える存在です。
鉄道未開業のエリアを補完するための存在であり、システム自体は鉄道と変わらず、
沿線には駅があり切符の販売や貨物の取り扱いをしていました。
この建物は省営自動車広浜線の石見市木自動車駅の駅舎として建てられたものとのことです。

090831広浜線開通t
(昭和9年8月31日付山陰新聞より)
浜田と広島とを自動車で結ぶ省営自動車広浜線は、昭和9年9月1日に開業しました。
この建物も昭和9年9月の開業に合わせて建設されたものだそうです。

090831広浜線開通tt
上掲新聞記事からの抜粋です。
このようにバスだけでなく、トラックも常備して貨物輸送をしていました。

CIMG9612.jpg
左の庇がある開口部分に切符売り場や待合室があったのでしょうか。

CIMG9611.jpg
この建物の存在と詳細は中国のバス車庫やバスの研究をされている、「バス車庫めぐり」さまに教えていただきました。
教えていただかなければ省営自動車の遺構とはわからずスルーしていました。本当にありがとうございました。

この時代、島根県では
出雲今市(出雲市)と備後十日市(三次)とを結ぶ雲芸線、石見大田と赤名を結ぶ大田線、
日原と岩国を結ぶ岩日線など、相次いで陰陽を結ぶ省営自動車路線が開設されています。
これによる、特に山間部の経済、産業の発展には計り知れないものがあったと思われます。

以上のような次第で、島根県の近代化を考える上で貴重な遺産であり、
省営自動車時代の遺構と言う点でも、現存するものは殆どないわけで、
この旧石見市木駅は極めて貴重な近代化遺産と言えると思います。


【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:省営自動車広浜線石見市木自動車駅
竣工:昭和9年頃
構造:木造
設計者:?
施工者:?

【撮影】
令和元年5月

【参考HP】
「バス車庫めぐり」




  1. 2019/05/20(月) 21:42:21|
  2. 島根県の近代建築・石見地方
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

川本の旅舎(川本町)

1_201903241002184a3.jpg
川本町は江の川流域で最も栄えた町の一つで市街地も比較的規模が大きく、古い町並みが残っています。
そんな川本の町でひときわ目立つのが、バス通りに面して大木が天を衝くお屋敷です。

2
前も拙ブログでご紹介したこのお屋敷、川本の有力者の屋敷なのかなと勝手に想像していたのですが、
建てられた当初は旅館として建てられたものだったようです。

3
(国会図書館デジタルコレクション 『民家図集第三輯島根県』より一部転載)

国会図書館のデジタルコレクションに所蔵されている「民家図集第三輯島根県」という資料に、
「川本町 旅舎」というタイトルでこの建物が掲載されているのを見つけました。
キャプションを抜粋しますと下記の通りです。

「島根県邑智郡 川本町旅舎」
下の写真は、大森の南方七里江川のほとり川本町にある一旅舎である。
ここは大森ほどの由緒を持たぬ町であるが
近村の農産殊に繭の集散地として石州中央の枢要区である。
この旅舎は30年前の建築で、町では一流といわれ、
地方色をうかがうに足りる家構えである。


「旅舎」とはすなわち「旅館」という事で良いのではないかと思います。
この本の刊行が昭和5年、キャプションに30年前に建てられたとありますから、
おおよそ明治33年ごろに建てられたものと思われます。
明治33年というと、鉄道唱歌が刊行されたり義和団事件が発生したり、そんな昔です。
その頃に建てられた建物が残っていると考えると、とても貴重なものに感じますよね。

4
町の中心にある旅館ですと、通りに面して建物を置く場合が多いように思いますが、
この旅館では母屋を後退させ、立派な門を据えて前庭をおくという余裕をみせていることから、
キャプションにあるように川本町随一の旅館だったことがうかがえます。

5日
塀が真壁造りから板張りに変わっていますが、そのほかはあまり変化がありません。

img237.jpg
「川本新町通」とキャプションがあるこの絵葉書、よく見ると、右側に当該旅館の塀が写っています。

現在でも川本町は今も県の合同庁舎が所在するなど、
邑智郡部では中心的な位置づけにある大きな町ですが、
この本が刊行された昭和5年当時は繭の集散地として大いに栄えていたようです。
この旅館も近郷遠方からの商談客の宿泊や接待で大いに賑わっていたのでありましょう。

図2
絵葉書の風景と同じ場所の現在の姿。Google様より転載しました。

以上、川本町のお屋敷は明治33年頃に建てられた旅館だったというご報告でした。

【参考文献】
「民家図集第三輯島根県」 昭和5年 緑草会 編



  1. 2019/03/24(日) 10:59:37|
  2. 島根県の近代建築・石見地方
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

旧鹿足郡役所(津和野町後田口)その2

2
以前、津和野町の旧鹿足郡役所をご紹介しましたが、
この度、郡役所が竣工した際の新聞記事を見つけましたのでご紹介します。

t080519鹿足郡役所
(山陰新聞 大正8年5月19日付記事)

「郡庁舎移庁式」
15日鹿足郡庁舎新築移庁並びに津和野町役場移庁式は
新築郡庁舎事務室に於て挙行
(中略)
正午より郡会議事所に於て郡及び町合同の大祝宴会を開く
来会者三百五十余名非常の盛況なりし

当日は門司サクラビール製造元鈴木本店より
ビヤホールを郡庁舎庭園内に設け
ビール数百本を提供して一般に振舞いたり
又町内有志の発起せる懸賞付仮装行列あり

夜は手踊山車等を各町内より出し
殊に後田一丁目は懸賞付きにて電気装飾をなし
昼夜共に煙火を打ち揚げ景気を添えたり

殊に当日は太皷谷稲荷神社の祭日にて
近郷は素より遠く山口県広島県四国地方より参詣者頗る多く
当日の人出1万8千余にて盛況を極めたり

因みに鹿足郡庁舎は大正5年春工を起し
其の間物価騰貴に伴う材料暴騰の為め一時中止せるも
大正7年5月第二期工事を起し本年4月15日全く竣工を告げ
工費2万8千余円を費やせり
又津和野町役場は元大字森村に在りしも狭隘なるため
元郡庁舎を県より無償譲渡を受け内部を改造せるものなり


記事より、竣工・移転の記念式典は大正8年5月15日に開催されたことが分かります。
宴会にはサクラビールが数百本提供され、
町は仮装行列に花火と大変な賑いだったことがうかがえます。

起工は大正5年、物価高騰により工事が一時中断したとあります。
第一次世界大戦勃発によるいわゆる「大戦景気」の影響を受けたものでありましょう。
工事はその後、大正7年5月に再開され、大正8年4月15日に竣工とあります。
鹿足郡役所の建設には、中断も含め3年の時間がかかったことになります。

竣工式ではなく、移庁式典というのが興味深いところです。
元の郡役所の建物には津和野町役場が入居したとあります。
大正15年に郡役所が廃止され、この建物の用途は色々変わりますが、
戦後、めぐりめぐって津和野町役場が再び元郡役所に移転しています。
まさに歴史は繰り返すという言葉そのものでありましょう。

【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:鹿足郡役所
起工:大正5年
竣工:大正8年4月15日
工費:2万8千円余



  1. 2019/02/25(月) 21:41:52|
  2. 島根県の近代建築・石見地方
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

旧鹿足郡役所(津和野町後田口)

1
水路に鯉が泳ぐ津和野のメインストリートに旧鹿足郡役場の建物が現存しています。
武家屋敷風の門が素敵な風情ですが、これは修景の為に後年建築されたもの。郡役所の建物は隠れがちです。

2
大正8年築の旧鹿足郡役所。和風平屋建ての堂々たる役所建築です。
益田に現存する旧美濃郡役所にそっくりですがこちらの役所の方が2年先輩です。

3
郡役所としては郡制廃止の大正15年まで使用されています。
その後昭和9年から昭和34年まで津和野警察署として使用されたのち、
現在まで津和野町役場として現役で活躍されております。
大正時代の役所建築が現在もほぼ同様の用途で現役というのはかなり貴重な存在ではないでしょうか。

5 (2)
役所の裏側から。
時代の変化に合わせて室内は現代の事務仕事に耐えうるよう、改装されているそうです。


【撮影】
平成26年4月

【建物のプロフィール】
昔の建物名:鹿足郡役所
現在の建物名:津和野町役場津和野庁舎
竣工:大正8年
構造:木造
設計者:?
施工者:?

【参考文献】
島根県の近代化遺産 平成14年 島根県教育委員会

  1. 2018/05/04(金) 22:07:23|
  2. 島根県の近代建築・石見地方
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ