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元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産のブログ

旧杵築銀行(出雲市大社町)

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大社のかつてのメインストリートに面して現存している、旧杵築銀行の建物です。
現在は民家になっており、外観上も玄関部分の改装、
屋根も後年の増築と思われる瓦葺の屋根が載っているなど、
かなり手が加えられている様子です。

CIMG6971_20200505231213b2b.jpg
玄関上の何らかの痕跡。この部分には白タイルが貼られていないので、
かつて何らかの装飾があったのだと思いますが、その形が独特です。
うーん。オリジナルの姿はどんなだったのだろう。気になります。

CIMG6977.jpg
角地にあり、側面は縦長の窓が4つ連続しています。

CIMG6975.jpg
窓の上のこれも独特な装飾。鳥の羽をモチーフにしているのでしょうか。
換気口を兼ねているのでしょうか、三つのルーバーの付いた孔があるように見えます。

CIMG6973.jpg
この建物の詳細については不明な点が多く、
確認できる資料といえば、島根県教育委員会の「島根県の近代化遺産」のリスト中に、
杵築銀行・RC・大正とあるのがすべてです。

杵築銀行は明治32年に設立され、大正11年には雲州今市銀行に合併しています。
雲州今市銀行も大正14年に雲州西浜銀行と合併して出雲銀行に、
出雲銀行も昭和2年には松江銀行と合併して消滅しています。
昭和12年に刊行された「大日本職業別明細図」では、この建物のある場所は
「松銀支店」となっていましたので、少なくとも昭和12年までは銀行として使われていたようです。


【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:杵築銀行本店?
竣工:大正
構造:RC
設計者:?
施工者:?

【撮影】
平成29年12月

【参考文献】
大日本職業別明細図 昭和12年 東京交通社
エネルギア地域経済レポートNo.467「島根県を中心とした産業発展の歴史(明治・大正編Ⅲ)
                            平成25年  中国電力㈱エネルギア総合研究所
島根県の近代化遺産 平成14年 島根県教育委員会

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  1. 2020/05/05(火) 23:29:43|
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旧雲州今市銀行平田支店?(出雲市平田町)

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平田大橋の袂にある床屋さんの建物です。

CIMG7077.jpg
全体的に改修されていて最近の建物の様にも見えますが、軒の蛇腹が何となく歴史を感じさせます。

021001一畑電化
(松陽新報 昭和2年10月1日付)
昭和2年の一畑電化を報じる松陽新報に、平田の町の写真が載っていたのですが、
この写真に上掲の建物が写っていました。

021001一畑電化tt
上掲の新聞写真の拡大です。

3_202005031753416fd.jpg
1階部分は増築などの改変が見られますが、2階の窓割は同じですね。

この建物は何だったのだろうと気になっていたのですが、
下記のような新聞記事を見つけました。

13213t
(山陰新聞 大正13年2月13日付)

「銀行支店新築落成」
簸川郡平田町大橋詰なる今市銀行平田支店新築中の處落成につき
十日に移転し十一日は同業各支店、官公署長らを、
十二日は近隣並びに特別関係者を招待し
一般預金のため来店者には記念品を贈ると
因みに新築工費五千円を要せしという


「大橋詰めなる」ということで、この建物の位置と一致しています。
今市銀行というのは「雲州今市銀行」ではないかと思われますが、
この銀行は翌年の大正14年には近隣の銀行と合併して出雲銀行となっています。

もう一つ、この建物と雲州今市銀行とを結びつける資料が欲しいところですが、
蔵造と洋風の折衷したデザインの建物と言えば、銀行建築が当てはまると思われますので、
おそらくこの建物は大正13年に建てられた雲州今市銀行平田支店だったのではと推察します。

【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:雲州今市銀行平田支店?
竣工:大正13年?
構造:木造?
設計者:?
施工者:?

【撮影】
平成29年12月

【参考文献】
エネルギア地域経済レポートNo.467「島根県を中心とした産業発展の歴史(明治・大正編Ⅲ)
                            平成25年  中国電力㈱エネルギア総合研究所


  1. 2020/05/03(日) 18:24:47|
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旧今市新町郵便局(出雲市今市町)

今年のGWも島根県の近代建築巡りをと思っていたのですが、
新型コロナウイルスの感染拡大によりそうも言っていられなくなりました。
島根の皆様もどうぞお気をつけてお大事にお過ごしください。

2 070401今市新町郵便局開局t
(松陽新報 昭和7年4月1日付)
国会図書館も休館中という事で家で複写してある松陽新報を眺めていたところ、
「けふ開局、今市新町郵便局」という写真付きの記事を見つけました。
この建物、現存しています。

4_20200429122536081.jpg
3 070401今市新町郵便局開局tt
いかがなものでしょうか。現在は郵便局ではなく、
「鳥よし茶屋」さんという鳥料理のお店になっていますが、
殆ど当時のまま、建物が残っています。

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建物の全景です。当時の新聞記事では「堂々たるモダン局舎は出来上がった」とあり、
あたかも新築されたかのような表現ではありますが、
建物を見ると元からあった町屋建築を改装したようにも見えます。

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奥には入母屋造りの建物が繋がっています。住居部分に当たるのでしょうか。

7_20200429122541dd4.jpg
最初は料亭かなにかと思っていました。

以上、昭和7年に開局した今市新町郵便局が現存していた。と言うお話でした。
80年も昔の新聞記事にある建物が、実は現在も残っている。という事に気づいたとき、
大変な感動を覚えるわけですが、今市町の近代化を担った貴重な建物ですので、
今後もお元気でと願わずにはおれません。

なお、現在入居されている「鳥よし茶屋」さんも、大変おいしそうなお店ですので、
出雲市再訪の折にはぜひ入店してみたいと思っています。


【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:今市新町郵便局
竣工:昭和7年?
構造:木造
設計:?
施工:?

【撮影】
平成29年12月



  1. 2020/04/29(水) 13:09:53|
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旧大社駅(出雲市大社町北荒木)

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島根県を代表する近代建築の一つ、旧大社駅です。

2
大社線は明治45年に開業、現在まで残る駅舎は、大社駅利用者の増加に伴い、
大正13年に建てられたものです(起工は大正12年9月、竣工は大正13年2月)。
建設は駅舎の建設を担当した、神戸鉄道管理局工務課の技手、丹羽三雄とされいます。

戦前から大阪方面の急行列車の始発駅となり、戦後も優等列車の始発駅となって、
大変な賑いを見せていたのですが、モータリゼーションの波に飲まれて利用客は漸次減少、
大社線はローカル線に陥落してしまい、平成2年3月末で廃止となってしまいました。
路線は廃止になりましたが、駅舎は其の豪壮さもあって、幸いにも今日まで保存されています。
平成16年には国の重要文化財に指定されました。

3
大社駅の古絵葉書です。人力車が見えますから、かなり古い時期に撮影されたものでしょう。

4 t130206大社駅
(山陰新聞 大正13年2月6日付)
山陰新聞に掲載された建設中の大社駅の写真です。
新聞は2月6日付、「島根県の近代化遺産」によれば、
竣工は2月13日とありますから、完成間近に撮影されたものなのでしょう。
屋根までスロープ状の足場が伸びているのが興味深いですね。

5 100417大社駅貴賓室t
(松陽新報 昭和10年4月17日)
出雲大社の玄関口ですから、皇族方の参拝や宮中からのご勅使、
その他貴顕・高官の利用も多かったのでありましょう。
昭和10年には貴賓室が増設されたそうです。

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駅正面です。廃止後も当時のままに保存されています。

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駅舎の内部です。建物中央は吹抜けとなっており、柱のない広々とした空間です。
右側の張り出した部分がかつての出札口、奥は駅事務所になっています。

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駅事務所。「国鉄」時代はこちら側が切符売り場だったのでしょう。
この部分だけ戦後の造作を感じます。

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改札口から玄関方面を眺めます。照明も凝っていて、素敵な空間です。

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正面右手は元の二等待合室、左手は小手荷物の扱い所だったところだそうです。

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かつての切符売り場。和風の精巧な造形です。

14_20200411214348cd9.jpg
素敵ですね(語彙力)。

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広々としたプラットフォーム。
かつて、出雲大社の玄関口として大社駅が大いに賑わっていた名残です。

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山陰中央新報の記事によれば、
出雲市により、令和2年度より6年かけて半解体修理を行うとのことです。
どのように生まれ変わるのか楽しみですね。

【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:大社駅
竣工:大正13年
構造:木造
設計者:丹羽三雄

【撮影】
平成29年3月

【参考文献】
島根県の近代化遺産  平成14年 島根県教育委員会

  1. 2020/04/11(土) 22:33:52|
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旧出雲電気江南変電所(出雲市湖陵町常楽寺)その2

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湖陵町の常楽寺に現存する、旧出雲電気江南変電所の建築年が判明しました!!

江南変電に関する記載があったのは、昭和61年に刊行された「はるかなり山の学校」という本です。

明治の初めに学校制度が出来た際には、
江南村では二部地区と常楽寺地区と2つの小学校がありましたが、
村の財政上、学校を2つも維持できないので統合という事になりました。
ところが、その統合した学校をどこに置くかで大いに揉め、
結局のところ両地区の境に位置する山の上に江南小学校をおくことで決着が付きました。
両地区の面目は保てましたが、山の上なので登下校など色々不便なことは当然で、
昭和7年になって江南駅近くに新たに校地を求め、江南小学校は山の上から平地へ移転しています。
この本はかつて山の上に江南小学校があった時代を記念した記念碑を建立したのに合わせて
刊行された記念誌であり、山の上の当時を知る先生・卒業生が思い出話を寄稿しています。

この本の中で、大正11年に高等小学校を卒業された方が、
江南変電所に関する思い出話を寄稿されていました。

(以下引用)
3年生時代(大正4年)
江南へ初めて電燈の点った画期的な年でした。
窪田の火力(原文ママ)発電所から引いた高圧電流を、
新装なったハイカラな煉瓦造りの常楽寺の変電所で変電し、
江南の各戸へも世紀の光が点ることになったのです。
私たちは変電所の落成式に加わり、次のような歌を歌って、
煌々たるイルミネーションにはしゃぎながら祝し合いました。

そもそも江南変電所 
新築落成の上棟式
よする記念の常盤木に
光り輝く電気灯
トコトーコ トットット

(引用終わり)

いかがなものでしょうか。
この記述では、江南変電所は大正4年、窪田発電所の建設に伴い、
発電所からの高圧電気を変電するために建設されたということが記されています。
以前、江南発電所について拙ブログにて記した推理は当たっていたことになります。

江南変電所建設当時、落成式が開催され、
イルミネーションで飾られた江南変電所を前に、小学生が記念の唄をうたった。
どんな雰囲気だったのか、今となっては想像するしかないのですが、
初めて村に電気が来た喜びは伝わってきますね。

3_2020031520565767c.jpg
江南変電所の建築年は長らく不明で「大正初期」とされてきましたが、
上掲の通り、大正4年に建設されたという事が明らかになりました。

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現在は完全に空き家の状態ですが、島根県内で現存例の少ないレンガ建築であり、
地域の近代化を支えた貴重な歴史的資料でもあります。
何とかこれからもお元気でと願わずにはおれません。

【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:出雲電気江南変電所
竣工:大正4年
構造:煉瓦造
設計者:?
施工者:?

【撮影】
令和元年5月

【参考文献】
松陽新報昭和7年3月28日付記事
「はるかなり山の学校」 昭和61年 江南村尋常高等小学校跡紀念碑建立発起人会 
「島根県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書」 平成14年 島根県教育委員会

  1. 2020/03/15(日) 21:59:11|
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