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元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

旧波積小学校講堂(江津市波積町本郷)その2

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以前ご紹介した旧波積小学校講堂について追記です。

波積小学校の講堂は昭和9年に建てられた歴史的な建築物です。
小学校は昭和55年に閉校し、校舎は解体されましたが(解体年不明)、
講堂は保存され、地域の公民館として活用されてきました。
平成20年に改修工事が行われ、波積ふれあいホールとしてリニューアルされ、
平成22年には「しまね景観賞」を受賞しています。

2 091202波積小
(昭和9年12月2日付松陽新報より)

昭和9年12月に新築落成式を迎えた際の新聞記事です。
当時の新聞記事より、建物に関する情報を抜き出します。

・波積小学校は明治34年に新築しその後3回に渡って増築したが近年腐朽が激しかった
・昭和9年1月28日に地鎮祭
・校舎、講堂の新築総工費26,300円
・昭和9年10月30日をもって全部の工事を完成した
・昭和9年12月2日に竣工落成式の式典を挙行
・工事請負者は山崎定市、工事監督者は坂本重義・二上信二郎


昭和9年前後の頃は明治期に建設された校舎が耐用年数を迎えており、
また、社会情勢の変化による生徒の増加も相まって、
「腐朽著しく・校舎狭隘」を理由に県内各地で小学校の増改築が進んでいます。
また、この年の9月には室戸台風による被害が県内にも大きな影響を及ぼし、
これを原因とする校舎の改築も、昭和9年以降増加しています。

2 091202波積小山崎定市t
(昭和9年12月2日付松陽新報より)

新聞記事より、校舎・講堂新築の請負人が波積村の山崎定市、
工事監督が坂本重義、二上信二郎ということが判明しました。

建築を請け負った山崎定市氏は波積小学校のほか、
昭和3年には山陰本線の石見福光駅の新設工事にもかかわっていた記録があります*。

工事監督の坂本重義は昭和2年竣工の矢上村役場の設計を行ったほか、
昭和10年に竣工した宅野村小学校講堂、吾郷村役場の設計もしていたようです*。

*いずれも松陽新報の記事より確認。

2 091202波積小t
新築当初の講堂の写真です。
当時は講堂の手前に御真影奉安庫が建っていたことが確認できます。

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上掲の写真とほぼ同じアングルでの現在の姿です。
奉安庫は痕跡も残っておりません。
妻面の出入り口は後付けのようですね。

3_20191019133145cda.jpg
以上、旧波積小学校講堂に関する補足でした。

【建物のプロフィール】
建物名:旧波積小学校講堂
竣工:昭和9年
構造:木造
設計者:? 
工事監督:坂本重義・二上信二郎
施工者:山崎定市

【撮影】
平成24年9月

【参考資料】
松陽新報記事



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  1. 2019/10/19(土) 23:17:12|
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有福温泉御前湯(江津市有福温泉町)その3

1_20190720103228ce6.jpg
有福温泉の景観を考える上でなくてはならない「御前湯」の建物は、
あまりにも有名な、島根県を代表する近代建築ですが、
なぜか近代建築の観点から記載された資料が少ないのが実情です。

江津市誌にも有福温泉については数行の記述があるのみ、
島根県の近代建築をとりまとめた「島根県の近代化遺産」にいたっては、
リストからも漏れてしまっています。
もとの有福村が浜田市と江津市に分割して合併されてしまったので、
色々と差しさわりがあるのでしょうか?

近年の資料で有福温泉や御前湯の歴史について丁寧に記載されているのは、
江津市文化財研究会が刊行している「石見潟」の25号だけではないかと思われます。

有福温泉の近代建築、「御前湯」については以前にも取り上げて
建築年の整理や建設当初の姿の紹介などをしてきました。

今回はその後の調査で分かってきたことなどをご紹介します。



【外壁改装の時期】
2_20190720103230ebe.jpg
現在、御前湯の外装は白色系のタイル貼りとなっています。
このタイルのせいか、ガイドブックなどでは「大正ロマンを感じるレンガ造り」と紹介されることが多いのです。

3
ところがこのタイル貼りはオリジナルな姿ではありません。
戦前の絵葉書を見るとタイルが貼られていなかったことが確認できます。

それ以降の時代の御前湯の写真がないか、国会図書館で色々資料を探してみました。

4 71-07日本温泉協会「温泉」t
(「温泉」昭和46年7月号より)

こちらの写真は、「日本温泉協会」が刊行している「温泉」という雑誌の
昭和46年の号に掲載されていたものです。
画像が若干粗くて不明瞭ではありますが、現在のようなタイル貼りではなく、
おおよそ創建当時の姿を保っているように見えます。

5 76‐12 旅
(「旅」昭和51年12月号より)

こちらはJTBが出していた雑誌「旅」の昭和51年に掲載されていた御前湯の写真です。
ご覧の通り、昭和51年の時点で現在の姿になっていたことが分かりました。
キャプションにご注目なのですが、
「・・・御前湯の入り口は、数年前に改築されて超モダンな造りとなった・・・」
とあります。
このことから、昭和40年代の末には改装工事が入って現代の姿になったということが推察されます。

【御前湯の設計者は?】
6_201907201032364ec.jpg
御前湯の設計者、施工者については明確な資料がなく、不明な状態ですが、
戦前の新聞より、気になる記事を見つけましたのでご紹介します。

7 S3年9月6日天神町復興(鴻池組)t
(松陽新報 昭和3年9月6日付記事より)
こちらの新聞記事は、昭和3年9月6日付の松陽新報より転載しています。
昭和2年の暮れに発生した天神大火からの復興ということで、
天神町や関係する企業・商店の紹介をしているいわゆる広告記事なのだと思いますが、
こちらに、鴻池組松江出張所が取り上げられていました。

鴻池組松江出張所は、大正9年の出雲今市の出雲製織工場建設に際して設置されたもので、
以降、戦前の島根県内の建築・土木工事に大きな影響を与えています。

この新聞記事の後段に、鴻池組が県内に建築中の建物のとして、
いくつかの建物の名前を挙げています。

目下建築中のものは
松江市母衣町島根県医師会及び松江医師会館
法吉村小学校
有福温泉株式会社大浴場


いかがなものでしょうか、この「有福温泉株式会社大浴場」というのが、
まさに御前湯のことを指しているのではないでしょうか。
ただ、この記事が書かれた昭和3年という年には、
有福温泉で洋風の「早月(さつき)湯」も新築されていますから、
確実に御前湯の事を指しているとは限らないかもしれません。

昭和3年(時期不明) 早月湯新築
昭和3年9月       松陽新報記事
昭和4年4月       御前湯新築

時系列にするとどちらにもとれる微妙な時期です。
ただ、
・戦前の島根県内の鉄筋コンクリート建築に関しては、鴻池組が関わっているケースが多い
・「大浴場」という表現から、有福温泉を代表する浴場を表していることがうかがえる
などと、御前湯の事を指しているんじゃないのかなぁと感じるわけです。


【まとめ】
・御前湯は昭和40年代末頃に改装され現在の姿になった
・御前湯の施工には鴻池組松江出張所が関わっていた可能性がある


【参考文献】
「松陽新報」 昭和3年9月6日付記事
「温泉 71年7月号」 昭和46年 日本温泉協会
「旅 76年12月号」 昭和51年 日本交通公社
「石見潟」 平成21年 江津市文化財研究会


  1. 2019/07/01(月) 00:15:31|
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旧江津町役場(江津市江津町)その2

CIMG0378.jpg
すでにご紹介している旧江津町役場ですが、竣工当時の新聞記事など確認しましたのでご紹介します。

【当時の新聞記事より】
t150413役場庁舎の竣工式で江津の大賑いt
山陰新聞(大正15年4月13日)

「江津の大賑い」
「役場庁舎の竣工式で四日間は乱舞の巷」
江津町役場竣工式は既報の如く
来る14日午前10時半から新庁舎階上の
公会堂に於て盛大に挙行の筈であるが、
総工費三万円を要し昨年8月起工し
本年3月29日竣工引き渡しを了したもので
請負者は同町出身現在神戸市に在って
大事業を経営しつつある土木請負業田中巌氏で
建物は5間半に11間、
外に付属建物2間に3間のもの1棟合計坪数66坪
全部鉄筋コンクリート造りで階上は公会堂に充て
40坪全部洋風で優に200人を収容し得られ高さ40尺
(以下略)


起工は大正14年8月、大正15年3月29日に竣工引き渡し、
総工費3万円、全部鉄筋コンクリート造りで2階を公会堂に充てているとあります。
請負は江津(嘉久志町)出身で神戸で田中建設を興した田中巌氏です。
平成14年の島根県近代化遺産総合調査報告書では田中岩雄とありますが、
どちらが正式なんでしょうか。 

t150415江津町役場t
山陰新聞(大正15年4月15日) 

「江津役場竣工式」
「春光に恵まれた十四日」「各種の余興に大賑い」
既報の如く江津町役場竣工式を
14日午前10時半から新庁舎会場に於て
(中略)
波多野助役工事報告についで飯田町長の式辞終わって
建築請負業者田中巌氏へ記念品を贈呈し
(後略)


大正15年4月14日には県、江津町をはじめとした関係者を集め、
役場に2階の公会堂にて竣工式が挙行されています。
前掲の記事にもありますが、竣工式の日は全町挙げてのお祭り騒ぎだったようです。


【設計者は?】
竣工式当時の新聞記事より、設計者の名前も明らかになるのではないかと期待しましたが、
記事には請負業者として田中巌氏が記されているだけでした。

ところで、かつて松江市天神町にあった「藤忠ビル」を記録した、
「さよなら、昭和のモダン建築」(藤忠ビルプロジェクト 平成14年)には、
この藤忠ビルの設計者である秋鹿隆一に関する詳細な資料が記されています。
その資料の中には昭和35年に建築事務所の登録を県に申請した際の登録申請書の写しがあって、
秋鹿隆一が手掛けてきた建物について記されている「業務概要書」がありました。
この業務概要書の中に、注文者が江津町長、建物の用途が「町役場」と記載されているのを見つけました。

素直にこの資料を読めば、秋鹿隆一が江津町役場を設計したと読めるのですが・・・。


上掲の資料の中で、江津の町役場の構造が「木造」とされている。
→当該旧江津町役場は鉄筋コンクリート造りである。


上掲の資料では期間は「詳細不詳」とあり、記載されている「町役場」が
大正15年竣工の役場とは限定できない。
→それ以前の町役場は民家を転用したものだったようなので、秋鹿隆一が関わった可能性は低いかもしれないが、
大正15年の新築以降に増築があったとすれば、その増築に関わったという事も言えるかもしれない。


江津町役場の起工は大正14年3月、この時期、秋鹿隆一は県の建築技師をやっている。
→建築事務所を立ち上げたのは大正15年9月1日なので、設計を手掛けたとなると県在職中ということになる。

何とも言えないというのが結論です。

img433t
(川本にあった県立川本養蚕学校の絵葉書)

秋鹿隆一は大正14年に竣工した川本養蚕学校の建築に際して、
県の技師として建築監督に携わっていますので、
そういう意味では江津町役場が建設された時期に、
秋鹿隆一が江津周辺にかかわりがあったという事が言えると思います。

【江津町役場の絵葉書】
絵葉書
江津本町全景を写した絵葉書です。

絵葉書拡大
小さいですが江津町役場が確認できます。


【参考文献】
「中国地方の西洋館」 平成3年 白石直典
「島根県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書」 平成14年 島根県教育委員会
「さよなら、昭和のモダン建築」 平成14年 藤忠ビルプロジェクト 
松陽新報記事
山陰新聞記事


  1. 2019/03/03(日) 22:38:40|
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旧二宮村信用購買組合事務所(江津市二宮町)

①
江津市二宮町に残る、旧二宮村信用組合事務所の建物です。

②H1708
当ブログの記念すべき第一回目に登場した建物でもあります。
当時(撮影は平成17年)はJAの支所が移転したばかりで空き家の状態でした。

③
現在は空き家ではなく、何らかの事務所として使用されているようでした。

④
玄関部分。

⑤
側面は板張りでした。

⑥
反対側は旧二宮村役場に通じる路地がありましてこちらはモルタル・装飾ありです。

⑦
建物の裏側。引き戸のあたりは宿直室跡でしょうか。

031029二宮信組
(松陽新報 昭和3年10月29日付)
松陽新報にこのような記事がありました。
昭和3年に御大典の記念事業として事務所新築を決議、
同年11月6日に建設の入札をするとの記事です。
3年11月に入札という事は、竣工は昭和4年頃になるのでしょうか。

⑧
以上、旧二宮村信用購買組合事務所のご紹介でした。
小さい記事でしたが運よく見つけることが出来、
建物の竣工年もおおよその見当がつけられたのは何よりでした。


【撮影】
平成27年1月(古い画像1枚だけ平成17年8月撮影)

【参考文献】
二宮の歴史と昔話 平成24年 山藤朝之
  1. 2018/11/03(土) 20:57:34|
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ゲストハウス山辺荘(江津市江津本町)

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江津本町の山辺神社の参道、
門をくぐってすぐ右手に、小さな洋風建築があります。

2_20170304152949529.jpg
ここです。
場所的に、山辺神社の宮司さんのお宅だった建物なのかもしれません。

3_20170304152952af3.jpg
撮影時(平成26年)時点では空き家のような雰囲気でしたが、
平成28年に「ゲストハウス山辺荘」として整備されたそうです。
公式HPによれば一組限定三名様から宿泊体験ができるとのことです。
室内の画像も紹介されておりまして、
この細長窓が3つ並ぶ部分は、洋間と思いきや畳敷きの和室でした。

5_201703041529549d7.jpg
こちらの部分はフローリングと廊下、その奥が、風呂、台所です。

4_20170304152953cd6.jpg
公式HPによれば、大正15年築とのことで、
旧江津町役場と同い年です。
デザインも似ていますから、設計・施工が同じなのかもしれません。

【撮影】
平成24年9月・平成26年4月

  1. 2017/03/04(土) 15:35:11|
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