元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

国士館大学大講堂(世田谷区世田谷)

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国士館大学の構内、近代的な校舎が立ち並ぶ中で異彩を放つ、大正8年築の「大講堂」の建物です。

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寺院風・純和風なこの建物は大正6年に青山の地に創立した国士舘が
大正8年に、世田谷の当地に移転した際に講堂として建設された建物です。

完成当初はまさに講堂として、この建物内で講義が行われたそうで、
頭山満や中野正剛といった錚々たる人物がこの講堂で講演に立ったそうです。

昭和20年5月の空襲(山の手空襲か)で隣接校舎は罹災したものの、
学生・教員の尽力により大講堂は焼失を免れ現代に至ります。

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(国土地理院WEBより引用)

昭和19年の国士館周辺の航空写真です。
不明瞭なるも赤丸の部分に講堂らしき建物が確認できます。

B
(国土地理院WEBより引用)

昭和22年の航空写真では周囲の校舎が焼けてなくなっているのに対して、
大講堂の建物がしっかり残っているのが確認できました。

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鬼瓦には国士舘の校章があしらってありました。

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張り紙がべたべた貼ってあるのは塀ではなく、塀風の掲示板です。

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建物の裏側。出っ張っている部分は奉安庫の跡でしょうか?

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こうしてみるとお寺の本堂のようにも見えます。

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安田講堂や大隈講堂のような華やかさはありませんが、
国士館大学の象徴として大切にされているたてものでした。

【参考資料】
現地の案内板を参考にさせていただきました。

【撮影】
平成29年6月
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  1. 2017/06/12(月) 22:54:01|
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六郷水門近くの近代建築(大田区南六郷)

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六郷水門の近くに気になる建物を見つけました。

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増改築の激しい建物ですが、立派な玄関が、ただものではない雰囲気を漂わせています。
車寄せ上部に「常盤軒」の切り文字が据えられています。
調べてみると、仕出し弁当や、ケータリング事業をおこなっている、
常盤軒フーズの工場ということが分かりました。

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とにかく玄関が立派です。

この建物がどのような歴史を持っているのか、
大田区誌などをいろいろ調べてみましたが、よくわかりませんでした。
そこで、思い切って常盤軒さんに質問をしてみたところ、下記のような回答をいただくことが出来ました。

(いただいたメールより抜粋・要約)
・常盤軒フーズでは平成25年2月から使用して いる
・それ以前は株式会社常盤軒という会社が平成17年3月から建物を改修して使用していた
・その前は印刷工場だったときいている
・ビルの竣工は昭和13年とのこと
・軍需関係の研究所として建てられたものだとのこと
・平成14年に印刷工場として使用した時に改装されているとのこと


大変貴重な情報をいただきました。
昭和13年築、やはり戦前からの建物だったことがわかりました。
「軍需関係の研究所として建てられた」ということですが、これは非常に興味深い話です。
この建物の向かいには、URの大きな団地がありますが、この団地の敷地はもともと、
特殊製鋼という工場の敷地だった場所だそうですから、
そのすぐ目の前にという立地から「特殊製鋼」の関連施設だったのかもしれません。
この特殊製鋼という会社、今はもうないようで、あまり資料が出てきません。
羽田空港のそばにあった日本特殊鋼のことなのか、それとは別の工場なのか、
そのあたりも含めて、調べてみると何か新しい発見ができるかもしれません。



最後に国土地理院の航空写真から、建物の状況を確認してみたいと思います。

S11 
昭和11年の航空写真では、建物がなく、空き地のようになっています。

s19
これが昭和19年の航空写真になると、不明瞭な写真ではありますが、
当該建物らしきものが写っていることが確認できます。


S22
終戦後、昭和22年の航空写真は画像が鮮明です。
周囲が焼野原になるなか、爆撃を免れた工場のその隣に、
当該建物がしっかりと確認できます。

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現在の建物の特徴である車寄せと、正面右手の階段塔?と思われる3階部分ですが・・・。

S22拡大
昭和22年の航空写真を拡大してみると、車寄せと階段塔がバッチリ確認できます。



【撮影】
平成29年2月

【参考WEB】
大田区役所「六郷昔ばなし」
http://www.city.ota.tokyo.jp/kamata/ts_rokugou/katsudou/rokugou_mukashibanashi.html

【御礼】
本記事作成に当たっては、常盤軒フーズ様に貴重な情報をいただきました。
御礼申し上げます。



  1. 2017/04/30(日) 10:18:24|
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千住神社神輿倉(足立区千住宮元町)

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千住神社はその創建が平安時代までさかのぼることのできる、

足立区でも最も歴史のある神社の一つです。

歴史の古い神社ですが、昭和204月の空襲により、

本殿をはじめとして神社の主要な建物は悉く灰燼に帰しました。

しかし、一棟だけ焼け残った建物があるのです。

そう、これからご紹介する神輿倉です。。。


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ということで千住神社の神輿倉です。

昭和5年築としているサイトがありました。


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国土地理院webより

 

国土地理院のサイトより、昭和22年に米軍が撮影した航空写真を確認してみました。

千住神社をはじめとして千住宮元町周辺はほとんど焼野原のままですが、

赤丸の中、神輿倉が焼け残っていることが確認できます。


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社務所側から。


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同じく社務所側から。

裏側には開口部がありません。


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神輿倉を囲むコンクリート塀には丸い痕跡が残っています。

かつては金属製の装飾などがはめ込まれていたのかもしれません。


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通気口。ちょっとおしゃれな感じです。

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以上、千住神社神輿倉の紹介でした。

この神輿倉のおかげで、江戸時代に作られた神輿が空襲から守られ、

今もお祭りで担がれているわけであります。

 

【撮影】

平成266

平成291





  1. 2017/01/04(水) 22:04:42|
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大宮聖愛教会(さいたま市大宮区)

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大宮駅西口にこのような教会がありました。

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大宮聖愛教会という教会です。
教会のHPによると、昭和9年築、大宮で初めての鉄筋コンクリート建築だそうです。

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教会の壁にツタの枝が絡まっておりますので、
夏場はモジャモジャでしょう。観察をするのは冬場がよさそうです。

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玄関部分。

そごうなど大きな建物が多い大宮駅の西口に、
このような貴重な近代建築が残っているとは知りませんでした。

【撮影】
平成28年12月





  1. 2016/12/25(日) 21:50:52|
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線路端のコンクリート小屋

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京浜東北線の北行電車に乗っていると、

大森の手前でちらっと通り過ぎる古そうな小屋。

気になっていたので連休中に見に行ってきました。


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大森駅から歩いて物件を探します。
難航するかと思いましたが、線路沿いに歩いていたら踏切から簡単に見つけることが出来ました。


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ついに近くから観察することが出来ました。フェンス越しに撮影した小屋の姿。

大森側から蒲田方面を眺めた画像です。

よくみるとうっすらと「工」という文字の跡が残っています。

「工」マークということは国鉄以前、鉄道省時代のものでしょうか?


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線路の反対側へ移動して観察します。


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側面には窓はありません。

カマボコ屋根が特徴的で全体的にマッシブなスタイル。


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蒲田方の面には頑丈そうな鉄扉がついていました。

建物は少し傾いています。


デザイン的にはかなり古い時代のものと推察されます。

線路端なので、保線用の道具などを入れていた倉庫だったのでしょうか?

 

  1. 2016/09/19(月) 22:39:05|
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