元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

御便殿

1_20130414104315.jpg
浜田城下に現存する御便殿です。

御便殿は明治40年、東宮殿下(大正天皇)の山陰行啓に際し、
御宿泊所として建設されたものです。
山陰中央新報の「石見のお宝紹介」によれば、
行啓の前年、明治39年10月に着工し。翌年春に完成したとのことです。
行啓で東宮殿下が浜田にいらしたのがが明治40年の5月31日ですから、
かなりあわただしく準備が進められたのではないかと推察されます。

行啓の大役を果たした後、この建物は旧浜田藩主松平家の別荘として利用されました。
その後は下記のような変遷をたどっています(浜田市教育委員会パンフより)。
昭和9年頃から:公会堂と行啓記念館
昭和23年:個人所有
昭和30年以降:宗教法人施設
平成18年:浜田市に寄付、曳家の上保存

3_20130414104317.jpg

4_20130414104319.jpg

5_20130414104320.jpg
建具や玄関周りは後年の改造が著しく、建物周りの整備もまだなされていませんので、
浜田市によると御便殿は「浜田城の整備と一体化して活用云々」とありますが、
単発のイベントが時たま実施される以外、現状では動きはあまりないようです。

2_20130414104316.jpg
通常は非公開で塀越しに見学するほかありません。

6_20130414104631.jpg
非常に立派な大規模近代和風建築です。
整備されて一般公開されるようになれば、
浜田市の観光スポットとして魅力のあるものになりましょう。

さて、山陰地域の近代建築では松江の興雲閣、鳥取の仁風閣など、
明治40年の山陰行啓に由来する建物が少なくありません。
当時の記録を、まとめた「山陰道行啓録」より、宿泊施設のみ抜き出すと下記の通りです。

5月15日 米子 ※鳳翔閣(昭和45年解体)
5月17日 倉吉 ※飛龍閣(現存 登録有形文化財)
5月18日 鳥取 ※扇邸(行啓の折東郷元帥により仁風閣と命名)
5月21日 安来 ※小学校
5月22日 松江 ※興雲閣
5月26日 今市 ※遠藤嘉右衛門方 
5月28日 大田 ※農学校
5月29日 大家 ※小学校
5月30日 江津 ※小学校
5月31日 浜田 ※御便殿

少なくとも行啓の折に御宿泊された施設4つ(仁風閣、飛龍閣、興雲閣、御便殿)も
現存していることが分かります。
「山陰道行啓録」では行啓の様子が詳細に記述されており、
宿泊施設のほか、御昼食、御休憩に利用された施設も数多くあります。

たとえば、5月26日に「木幡右久衛門方」で御昼食と記録されておりますが
これは宍道に現存する八雲本陣であります。
また浜田の旧宇野小学校には「東郷大将お手植えの松」が残されております。

山陰道行啓録は読み始めた途中ですが、
このほかにも建物や石碑、お手植えの松などが現存している可能性がありますので、
今後も調査を続けて行きたいと考えています。

【訪問】
  平成24年9月
【参考文献】
  ・山陰道行啓録(明治40年 角金次郎編)
  ・浜田市HP
  ・山陰中央新報HP(石見のお宝紹介)
  ・浜田市教育委員会パンフレット
  
関連記事
スポンサーサイト
  1. 2013/04/14(日) 10:47:43|
  2. 島根県の近代建築・浜田市
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<旧雑賀幼稚園 | ホーム | スーパーリアル鉄道情景2に掲載していただきました>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://okigoka.blog.fc2.com/tb.php/149-b5fe478e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)