元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

旧大田町産業会館(大田市大田)

大森銀山の世界遺産登録で大いに盛り上がる大田市。
その旧市街地に忽然と現れるのが昭和12年築の旧大田市役所旧大田町産業会館です。

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現在は大田医師会・大田准看護学校として現役。
かつては大田市役所庁舎としても使われていた建物です。
以前ご紹介した旧松江銀行本店(なかむら館)はこの建物の近くにあり、
大田市役所の別館として使われていました。

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裏の駐車場から建物を見ますと、屋根が確認できます。
躯体は木造なのかもしれませんね。


【平成27年1月追記】
この記事をUPした段階で、何を根拠に「旧大田市役所」としていたのか、
今となっては記憶がないのですが、ふと、「なんで市役所としたのだろう」と、
疑問がわき、改めて、資料の確認をすることにしました。

●中国地方の西洋館(H3年/白石直典)
「大田商工会議所」として紹介しています。
また、「以前は大田町産業会館であったらしいが・・・」という記述があります。

平成3年の時点では、大田商工会議所が使用していたことがわかります。
また、かつては大田町産業会館であったことも分かります。

●大田市誌十五年のあゆみ(S43年/大田市)
口絵にこの建物の写真があり、「大田市役所」と説明書きがありました。

本文「市役所庁舎の変遷」では次のように記述されています。

「市制当時(昭和29年1月1日市制施行)の庁舎は昭和24年11月建築した。
当時の大田町産業会館を大田町役場が譲り受けていたもので、
木造2階建、総面積914.3平方メートルのものと、
元大田町郵便局舎であった木造2階建、
総面積303.6平方メートルの2ヶ所に分散して市制にあたり・・・」


「市制当時の庁舎は昭和24年建築した。」という文章と、
次の文章の「当時の大田町産業会館を大田町役場が譲り受けていたもので、」
という文章とのつながりがよくわからないのですが、
大田町産業会館から、大田町役場、大田市役所と名前が変わっていったことは分かります。

この資料によると大田商工会議所は昭和30年6月に創立とのことです。
そして、商工会議所の建物については次のような記述がありました。
「その後昭和33年8月、本町所在の現在地に事務所を移転したものであるが、
この土地建物は、当初大田町時代の役場で、これが大田税務署となっていたものを、
市当局の援助と大田商工会並びに会員の協力に依り、多額の寄付を集め、
用地建物の払い下げを受け・・・」


そしてそこに掲載されていた商工会議所の写真は、
大正~昭和初期くらいと思われるまったく別の洋風建築でありました。

●大田市三十年誌(昭和58年/大田市)
年表に次のように記載がありました。
「昭和12年11月 大田町産業会館完工(現在の商工会議所)」 
また、昭和57年に現在の大田市役所の建物が竣工したことも記されています。

「大田市誌十五年のあゆみ」にあった「昭和24年11月建設した」は、
「昭和12年11月」の誤りではないでしょうか?

●この建物の経歴
以上を踏まえ、次のようにまとめられるのではないかと思われます。
昭和12年:大田町産業会館として建設
時期不明:大田町役場となる
昭和29年:大田市役所となる
昭和57年:大田市役所新築移転
昭和57年頃?:大田商工会議所となる
平成6年:商工会館竣工(大田商工会議所HPより)、商工会議所移転?
時期不明:大田市医師会館・大田准看護学校となる
      
これまで本記事のタイトルを「旧大田市役所」としていましたが、
上記の結果を踏まえ、タイトルを「旧大田町産業会館」に変更することにしました。      


【撮影】 
平成17年12月

【参考文献】
大田市誌「十五年のあゆみ」 昭和43年 大田市
大田市三十年誌 昭和58年 大田市
中国地方の西洋館 平成3年 白石直典

 
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  1. 2011/10/06(木) 22:00:14|
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