元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

旧横道小学校(津和野町左鐙)

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津和野町(もとの日原町)左鐙の上横道地区に残る、旧横道小学校の校舎です。

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上横道地区は「杣の里よこみち」として、地域全体を自然体験の里として位置づけており、
平成2年に廃校となった横道小学校は、宿泊や体験の中核施設「杣の館」として活用されています。


地域の郷土資料「左鐙誌」より、横道小学校のプロフィールを抜き出してみます。

横道小学校の前身は明治7年に創立しており、
明治29年に現在の場所に校舎を新築移転しています。
昭和8年には「横道校校舎新築期成同盟会」が結成され、校舎改築の嘆願書が出されたそうです。
校舎が建てられてから35年、校舎の老朽化が進み、設備も貧弱なことから、
地域・父兄から校舎建て替えの運動が起こったようです。

その後、諸般の事情からなかなか改築の話は進まなかったようですが、
昭和15年になって校舎の新築が進められることになります。

昭和15年12月に起工し、翌昭和16年3月26日に上棟式を行ったところ、
翌日27日に強風によって上棟式を行ったばかりの校舎が倒壊し、けが人を出したとあります。
完工は昭和16年12月11日と、なんと日米開戦3日後という時期であります。

昭和16年築の近代建築というのはなかなかお目にかかることができないと思います。
支那事変勃発後、学校校舎等の建築についても資材の統制が厳しくなったと聞いていましたが、
昭和15年の段階で校舎建築を進めることができたのは、この地区が林業で栄えた土地柄だったからでしょうか。

学校名の変遷は以下の通りであります。
明治29年   左鐙尋常小学校
昭和22年4月  左鐙小学校横道分教場
昭和23年3月  横道小学校

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素朴な雰囲気の校舎です。

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校門から。

【撮影】 
平成26年4月

【参考文献】
左鐙誌 昭和44年 木村義明(左鐙郷土史研究会)
日原町史(近代・上巻) 昭和51年 日原町
「杣の里よこみち」HP


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  1. 2014/05/11(日) 21:53:31|
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