元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

旧美又信用購買販売組合(旧JAいわみ中央美又事業所)

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旧金城町の美又温泉の北、追原に残る、旧農協の建物です。
ブログ主的にはここ数年で最大級の発見です。

「近代化遺産リスト」には掲載がなく、
他の近代建築を紹介しているHPでも見当たらず、
こんな建物が現存しているとは知りませんでした。

たまたま、ネット検索の過程で浜田警察署のHPで
この建物が紹介されているのを見つけ、存在を知ったのでした。

これだけ存在感のある建物であるにもかかわらず、
「近代化遺産リスト」に記載がないのはなぜだったのでしょうか。

金城町誌第2巻の美又村の項には次のような記述がありました。
『無限責任美又信用購買販売組合は大正7年設立、
昭和12年2月に大字追原に木造2階建ての事務所を新築した』

ということで、この建物は昭和12年に建設された、
無限責任美又信用購買販売組合の事務所であることがわかりました。
戦後は農協の事務所として使われ、
最後の肩書きは「いわみ中央農協美又事業所」だったようです。

現在玄関には「合同会社金本商事」の新し目の看板がかかっており、
まだまだ現役であるようです。

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正面から。堂々たる2階建て。

これだけ大きな木造洋風建築の現存例は県内には少なく、
デザイン的にも優れており、石見地域に現存する近代建築の中で随一の物件と思います。

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下見板はたいてい軒下まで続きそうですが、
建物の中央部分の下見板はアーチを描いて収束しています。
少々特異なデザインです。

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「石栄共存」と書いてあるようです。信用組合のマークだったのでしょうか?
【平成29年9月23日追記】
「石栄共存」ではなく「共存同栄」でした。
このマークは戦前の産業組合のシンボル的なものだったようです。
このような形で昔の産業組合の建物とともに、
きれいな形で「共存同栄」マークが残されているのは極めて貴重な存在のようです。

※こちらのJA上伊那さんのHPに農協以前の産業組合の歴史について詳しく記載があります。

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玄関部分の庇。ここには別のマークがついています。
美又村のマークでしょうか※。

【※平成26年7月19日追記】
このマークは、大正5年に制定された美又村の村章でした。
ただし、美又村は大正12年に、久佐村、伊南村(の一部)と合併し今福村となっています。
この建物は昭和12年築ですから、美又村がなくなって10年以上経って
なぜまた美又村の村章を掲げることになったのか、謎です。


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庇のデザインが素敵です。

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建物左側の戦後増築部分。
窓に格子がはまっていて厳重です。JAバンクが入っていたのでしょうか?

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妻面のデザインもモダンです。

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建物は小さな集落の突き当り、少々高くなった位置に建てられていて、
そのシチュエーションが絵になります。

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土蔵、古い町並みの奥に洋館。こんな風景、ワクワクしませんか?

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集落の裏の県道から、建物を見わたすことができます。
こうして見ると、かなり大きな建物であることがわかります。

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集落全景。集落だけでも素敵な風景ですがそこに洋風の役場建築があることでさらに魅力的な風景に。
こういった風景こそが、浜田のみならず石見地域の重要な観光資源であると思うのです。

【撮影】 
平成26年4月

【参考文献】
金城町誌第2巻 平成8年 金城町

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  1. 2014/07/12(土) 21:26:26|
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