元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

旧出雲電気江南変電所(出雲市湖陵町常楽寺)

出雲市の西、旧湖陵町常楽寺というところに、
レンガ建築の変電所の建物が残されています。

1
田んぼが広がるなかにポツンとレンガの建物が建っている、
不思議な光景です。

2
建物の手前が休耕田になっているので、
雑草をかき分けながら近づいていきます。

建物は集落に背を向けて川に正面を向けています。
建物の前の道(というか堤防)はとても狭く、
なぜこちら側を正面にしたのかという印象です。

裏側の集落の方から建物にアクセスする道はありました。
もともとこんな立地に建てたのでしょうか、
あるいは後年の河川改修や耕地整理でこうなってしまったのでしょうか。

3
建物を正面から撮影してみます。

4
窓はアーチを描いています。
中央扉部分に装飾の跡なのでしょうか、アーチ状の痕跡が残ります。
中央上部には何かプレートがはまっていたような跡もあります。
「所電変南江」と記されていたのでしょうか。

ちなみに「江南」は当時の江南村から名づけられたものと思います。
※江南村:昭和26年、西浜村と合併し湖陵村、昭和38年町制施行。

この建物を正面から見ると顔のように見えて、
どうしてもブースカを連想してしまいます。

5
左側側面(山側)には送電線を引きこんだ跡なのでしょうか、
穴が三つ開いていました。

6
左側面にも穴を埋めた跡があります。

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建物の裏側を見てみます。

8_20150404172944c44.jpg
裏側にも出入り口があり、
集落方面から伸びる細い道でアクセスすることができます。
(たんぼのあぜ道のようでもあり、近づきませんでした)

【建物の歴史】
 当該物件は、いつもの「島根県近代化遺産リスト」では
「江南変電所(農作業場)」と記されており、建築年は「大正初期」とされています。

それ以上のことはわからなかったので、いろいろと探してみましたが、
ネット上では情報が得られませんでした。
旧湖陵町の町史もあたってもましたが、記載がありませんでした。

郷土資料にケチをつけるつもりはないのですが、
考古・近世の歴史ばかりでなく、直接現在に直結する近代についても、
しっかり記述してほしいなぁと思う次第です。

島根県における電気事業は、明治27年の「松江電燈」が初めです。
現在の出雲市周辺、当時の今市町、簸川郡エリアについては、
「出雲電気」が大正元年に電力供給を始めています。

何か可能性のある資料はないかと探してみたところ、
「中国地方電気事業史」という、中国における電力事業の歴史に関する本を見つけました。
この本の「出雲電気とその周辺」という項に江南変電所に関連する記載がありました。

「出雲電気」と江南変電所に関する記述を抜き出し、時系列でまとめてみました。

○明治44年11月28日 
出雲電気発足

○大正元年8月12日
営業開始 大津村にガス力発電所設置
開業時の供給地域:今市町・大津村

○大正4年10月
窪田発電所完成(11月運転開始)

○大正5年4月20日
大津のガス力発電所廃止
大正5年末の主要設備・・・窪田発電所、大津、江南の両変電所

○大正6年4月6日
松江電燈と合併(新)出雲電気設立
(新)出雲電気発足時の変電設備 松江、木次、大東、大森、大田、大津

以上のとおりで、大正5年末に江南変電所があったという記述はありましたが、
明確な江南変電所の建築年は見つけることができませんでした。
限られた情報の中で、江南変電所の建築年について考察してみようと思います。

出雲電気が営業を開始したのが大正元年、大正5年末の時点で江南変電所はあったということですから、
少なくとも大正元年~5年の間に建てられたことは間違いないのではないかと思います
(そういう意味ではリストの「大正初期」という建築年はあっているわけです)。

出雲電気開業当初の電気供給エリアは今市町や大津村と、
大津のガス発電所の周辺に限られていたので、
今市町から西へ大分離れた場所にあるこの変電所が、
開業当初に建てられたとは考えにくいと思われます。

中国電力の「エネルギア地域経済レポート」にある出雲電気に関する記述には、
「当初は今市町、大津村、杵築町という限られたエリアが供給区域であったが、
次第に供給区域を拡張して大正3 年には簸川郡窪田村(後:佐田町、現:出雲市)に
水力発電所を建設、簸川郡全域を供給区域とした。」
とあります。

窪田発電所は大正3年から建設がはじめられ、翌大正4年に完成、運転が開始されています。
発電所の完成により、供給地域が飛躍的に広がったものと考えると、簸川郡の西部に電気を供給する上で、
窪田発電所から北へ山を越えた常楽寺地区(当時の江南村)に変電所を設置したと考えてもよいのかと思います。

図3
国土地理院地図より加工

以上のことから、窪田発電所の建設と同時期の、
大正3年~4年の間に建設されたものと考えられるのではないでしょうか。

一方で、この建物がいつまで変電所として使われていたのか、ということですが、
上述の通り「中国地方電気事業史」では、
大正6年、(新)出雲電気発足時の変電設備に名前が出ていません。

ところが、同じ資料の巻末に昭和14年12月末現在の「送電系統図」という
図があるのですが、こちらには「江南変電所」が記載されていました。

少なくとも昭和14年までは現役だったのかもしれませんが、
かなり早い段階で予備施設的な扱いになっていたのかもしれません。

9_20150404172946a63.jpg
以上、ブログ主なりに江南変電所の歴史を調べてみましたが、
よくわからない。というのが正直なところです。

出雲地域の電力事業創成期の貴重な産業遺産であり、
島根県内で数少ない煉瓦建築の現存例でもありますが
私たちの祖父母の時代の話であるにもかかわらず資料に乏しく、
「よくわからない」というのはちょっとさみしいものがあります
(調べ方が悪いだけだったらゴメン!)。

旧江南変電所よ、
いつまでも末長くお元気で、と祈ります。

【撮影】 
平成26年4月

【参考文献】
中国地方電気事業史 昭和49年 中国電力
島根県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書  平成14年  島根県教育委員会
島根県を中心とした産業発展の歴史 明治・大正編Ⅲ
    平成25年 エネルギア地域経済レポート 中国電力㈱エネルギア総合研究所


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