元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

国道54号線沿線に残る戦前の橋 【その1・栗屋谷橋】

あ
国道54号線旧道に残る橋のその1は、「栗屋谷橋」です。

う
国土地理院WEBより一部抜粋の上転用
場所はこちらです。
広島方面から赤名のトンネルを抜け、
廃業したドライブイン「ルート54」の手前から分かれる旧道部分に架かっている橋です。

い
大日本帝国陸地測量部「赤名昭和10年」より
昭和10年の地図をみると54号線は
この橋の地点で東側に曲がっていたのがわかります。
改修時にこの区間が直線化されたことで橋が残ったわけであります。

え
廃業してしまった赤名のドライブイン。
画像の右手に見える道が旧道です。
かつて、国道54号の休憩場所といえばここだったのですが。。。

お
赤名峠側からみた栗屋谷橋です。
欄干その他が雑草に埋もれて欄干や親柱など全体が見えません。
本来であれば自動車2台がすれ違える程度の幅を持っていますが、
御覧の通り両側は草に埋もれて、1.5車線分くらいしかなくなっています。

か
コンクリート製の欄干は膝くらいまでの高さしかありません。
アーチ形のデザインが特徴的ですが、
全体的に装飾少なめの簡素なデザインです。

き
小さな川に架かる橋です。
中間橋脚をもたない、単純な桁橋です。

く
親柱を説明する際の図を作ってみました。
①から順に説明していきたいと思います。

け
(①の親柱)
親柱は花崗岩の角柱で、装飾的なものは一切ありません。
花崗岩を切り出してきました。くらいの角柱です。
この親柱①には、漢字で「栗屋谷橋」と橋名が彫られています。

こ
(②の親柱)
こちらの親柱は欄干よりも下にずれてしまっています。
親柱を置いている土台が沈下しているのでしょうか。
背が低く、雑草に埋もれています。

さ
雑草をかき分けてみましたところ、
ひらがなで「くりやたにはし」とありました。

し
(③の親柱)
こちらの親柱の高さは、欄干とほぼツライチでした。

す
文字が不鮮明なのですが、「昭和九年七月竣工」と読めます。
省営バス雲芸線の開業が昭和9年8月でしたから、時期としてはギリギリ。
かなりあわてて完成に持ち込んだのかもしれません。

せ
(④の親柱)
④については藪が深くてかき分けることすらできず。
上の画像でいうと手前の親柱が①、奥の藪が④となります。

①の親柱だけ背が高く、あとの3基は欄干と同じ高さになっています。
なぜ1本だけ高さが異なるのか、不思議であります。

そ
以上、栗屋谷橋でした。

【橋の諸元】
橋名:栗屋谷橋
竣工:昭和9年7月
形式:RC桁橋
所在地:飯南町上赤名
川:栗屋谷川
道路:町道?

【撮影】 
平成27年5月

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  1. 2015/09/06(日) 11:21:43|
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