元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

伊毘志橋(雲南市三刀屋町多久和)

昭和11年の松陽新報を読んでいたら、
こんな記事を見つけました。

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松陽新報(昭和11年8月14日付)より

雲南市(かつての三刀屋町、その前は飯石村)の
飯石神社前に昭和11年に和風のコンクリート橋をかけたという記事です。

グーグルストリートビューで確認したところ、
現存していることが判明したので訪問してまいりました。

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昭和11年竣工の伊毘志橋です。

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松陽新報より

新聞の写真と現在とを比べてみると、
ほとんど変わっていない事がわかります。

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伊毘志橋は飯石神社の参道に架けられています。
手前が県道、奥の青い車が停まるあたりが神社となっています。
参道は神社で行き止まり。つまり、県道とかではなくて、
純粋に飯石神社への参拝のために架けられているというわけです。
飯石神社は出雲国風土記にも記される、歴史の古い神社であり、
それゆえに立派なコンクリート橋が架けられることになったのでありましょう。

上記の松陽新報昭和11年8月14日の記事を起こします。

「飯石神社境内前の伊毘志橋成る 地元にて盛んな竣工式」
飯石郡飯石村鎮座、
県社飯石神社境内前に架せる伊毘志橋は、本年5月15日起工、
若槻組の手により改架工事中の処、7月28日竣工したるにつき、
10日午前十時より地許飯石村に於て之が竣工式を挙行、
県より門司土木技師臨場其他木次土木管区所長、
阿部県会議員、松尾清三郎氏、三刀屋一宮、
中野各村長外各村団体員等多数参列。
佐藤飯石神社々司司祭の許に修祓式執行、参列員一同玉串奉奠を終って
参列者及小学校児童の渡橋式あり、午後一時終了した。

改架せる伊毘志橋は総工費1,465円にして
ラーメン式鉄筋コンクリート桁に花崗岩匂欄、
仝様親柱には青銅擬宝珠を附したる近代様式に
巧に古典味を加味したる頗る雅致深き様式のものである。


(ブログ主により句読点を適宜挿入)



以上より、橋のプロフィールを整理します。
起工:昭和11年5月15日
竣工:昭和11年7月28日
竣工式:昭和11年8月10日
施工:若槻組
工費:1,465円
形式:ラーメン式鉄筋コンクリート桁

工事を始めてから竣工まで2カ月半で済んでいます。
こんなに早くできるものなのでしょうか?

施工は「若槻組」とありました。
ネットで検索すると、「若槻」の名のつく建設会社が現在島根県下にいくつかあるようです。
ただ、若槻姓は若槻禮次郎閣下をはじめとして、
島根で多く見られる苗字ですから、
そのいずれかがかつての若槻組だったのかもしれませんし、
そうでないのかもしれません。

具体的な費用が1,465円と出ています。
戦前の貨幣価値を現在の水準で考えるのはなかなか難しいようで、
色々ネットで調べてみましたが、次のようなもので比較してみようと思います。
①朝日新聞の一か月の購読料:昭和10年で1円→平成27年で4,037円
②大工の一日の手間賃:昭和10年で2円→平成27年で19,000円
③国家公務員の初任給:昭和10年で75円→平成27年で18,3200円

①をつかうと1円の価値が4000倍:1,465円→591万円 
②をつかうと1円の価値が9500倍:1,465円→1千391万円
③をつかうと1円の価値が2443倍:1,465円→358万円

何が適正なのかよくわからなくなってきますが、
当時の工費1,465円を現在の貨幣価値に直すと、
②の1千391万円あたりが妥当なのではないかと思いました。


橋の形式は「ラーメン式鉄筋コンクリート桁」とあります。
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うっかり現地でよく確認しなかったのですが、
確かに橋を見てみると単なる桁橋ではなく、
橋台と桁とが一体化しているように見えます。

そのほか記事を読んでいると、
来賓に県の技師が参加していることから、
設計はこの「門司土木技師」という人なのではないか?
という推測や、

そもそも工事費はどこが出したのか、
県社の参道に架かる橋なので県も出費したのか、
それとも地元が全額負担だったのかという疑問がわいてきます。

まったく余談ですが、
橋の竣工式典が10時スタートで13時までかかっているのは、
長すぎるのではないかと思ったのですがいかがなものでしょうか。
(しかも盛夏の8月です。)

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飯石神社側から。
親柱・高欄ともに花崗岩製、擬宝珠が取り付けられ和風の趣です。
親柱の左は「昭和11年7月竣工」、右は「いひ志はし」と刻まれていました。

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和風です。

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立派な擬宝支珠が取り付けられています。
新聞記事によると「青銅製」のものが取り付けられたとあります。
松江大橋の擬宝珠は戦時中の金属供出で取り外されておりますから、
この橋の擬宝珠も例外なく、現在のものは戦後の復元ではないかと思われます。

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県道から眺めた姿です。
こんな立派な橋が残されていたとは知りませんでした。
県内の和風デザインの近代橋としては、松江大橋よりも架橋年が古いわけで
貴重な文化財といえましょう。

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飯石神社の境内は大変清々しい雰囲気でした。
さすが、神国出雲の神社だと思いました、


【橋の諸元】
橋名:伊毘志橋
竣工:昭和11年
形式:RCラーメン橋
所在地:雲南市三刀屋町多久和
川:飯石川
道路:飯石神社参道

【撮影】 
平成27年9月

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