元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

旧制第二高等学校(仙台)

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1月の3連休、盛岡で大学サークルの新年会があり、
その途中、仙台に立ち寄りました。
目的は旧制第二高等学校(&東北帝国大学)時代の建物を巡るためでした。

旧制第二高等学校(以下旧制二高)は、

 第一期 明治22年~大正14年 片平校舎(現東北大学片平キャンパス)
 第二期 大正14年~昭和20年 北六校舎(現東北大学農学部キャンパス)
 第三期 昭和20年~閉校   三神峯校舎

と、三回にわたって移転を重ねているそうです。
それに加えて、第二期キャンパスは
空襲にてその大部分を消失してしまっており、
(だから三神峯に移ったそうですが)
まとまった形で旧制二高時代の建物は残っていないようです。

いずれにせよネット上の断片的な情報だけでなく、
実際に見てみようということで行ってまいりました。

【旧北六校舎】

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本館以下主要な建物は昭和20年の仙台空襲で消失してしまったとのこと。
正門脇にある守衛所がかろうじて焼け残った当時の建物です。

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この建物は当時のもの?

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この塀は旧制二高時代のものだそうで、
こちらに当時の画像がありましたが、
確かに同じ形状の塀が写っているのがわかります。

【片平校舎】
東北帝国大学に敷地を譲る形で移転しましたので、
現存するほとんどの近代建築は東北帝大時代のものです。

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旧制二高時代の建物といえば、明治築の図書館書庫。
屋根がブルーシートに覆われており、
建物自体にも亀裂が入っています。
震災の被害が甚大のようです。

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こちらは明治23年築の教室棟。
現在は空き家?

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旧制二高時代に運動場だったエリアは「記念苑」になっており、
二高生をモデルにした「尚志像」がありました。

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片平校舎当時の原位置に復元された旧制二高正門。
この正門は北六に移動したそうですが、
その際には正門としてではなく寮の門として使われたようです。
ずいぶん簡素なたたずまいです。

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正門の傍らに建立された記念碑。
碑文を読んでいますと、卒業生たちの熱い想いが胸に染みます。


以下東北帝大時代の近代建築。

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旧理学部化学教室(昭和2~9年)

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同上
階段部分の直線がかっこいいです。

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附属図書館閲覧室(大正14年)
この建物も被害が大きかったようで
屋根がブルーシートで覆われています。

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工学部(昭和5年)

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理学部(大正12年)

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これらの建物は?
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  1. 2012/01/24(火) 23:57:39|
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