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島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

松平直政公像台座(松江市殿町)

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旧三の丸の県庁前庭に設置されている、直政公像です。
松平直政公は出雲松江藩、松平家の始祖であります。

昭和2年10月7日、松江城本丸に建立されましたが、
大戦中の金属供出により昭和18年11月銅像撤去、
以降長らく台座のみ城山にありました。
台座も松江城の整備ともない、平成5年に場外へ移設されています。
そして、松江開府400年の記念事業の一環として、
銅像が再建され、平成21年11月3日に除幕式が行われました。

「新編 松江八百八町町内物語」という本を読んでいたら、
この直政公の銅像に関して、次のような記述がありました。

「完成した像は松江に運ばれ、伊東忠太工学博士の作った台座に据えられた。
外柵も博士の設計である。」


今回復元された銅像の台座が当時のものを活用したのであれば、
伊東忠太の作品が松江に残っている。ということになります。

松浦市長のブログに、復元除幕の際の記事があり、
このように記されていました。

「また、当時の台座がそのまま活用されたことも銅像に一層の重みを与えています。」
 (松浦まさたかオフィシャルウェブサイト 2009年11月11日より)

2_20160207222647fab.jpg
おお、やはり伊東忠太設計の台座が再利用されていたわけです。
これは大変なことです。

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当時の絵葉書を探し出してきました(絵葉書com、よりデータ購入)。
年代はわかりませんが、
本丸天守閣前建てられたオリジナルの直政公像です。
「外柵博士の設計である」と記述されている柵も写っています。

図21
絵葉書に写る台座と現在の状況を比較してみました。
矢印の部分、台座の基部は2段になっていますが、
現在は1段のみになっていま。
また、桃色の囲みの部分、絵葉書では正方形に近い形に見えますが、
現在は長方形(つまり寸詰された?)になっています。

資料をみると今回の銅像の復元は原型の8割程度の
サイズに縮小しての復元だったそうです。
それが為に、台座も改変が加えられてしまったようです。

貴重な伊東忠太の作品が改変されてしまったのは残念です。

【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:松平直政公像台座
現在の建物名:同上
竣工:昭和2年(銅像除幕式:S2.10.7 復元除幕式:H21.11.3)
構造:?
設計者:伊東忠太
施工者:?

【撮影】
平成27年9月

【参考文献】
「新編 松江八百八町町内物語」 平成24年 荒木英信(編著)

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