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島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

温泉津温泉薬師湯旧館(大田市温泉津町)

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温泉津温泉のしっとりとした町並みに彩りを添える、
薬師湯旧館の建物です。

元々は明治5年の浜田地震の影響により湧きだした
新湯(震湯)の浴場として大正8年に建設された建物で、
現在は薬師湯の付属施設、1階は「カフェ内蔵丞」として、
2階は休憩室として活用されています。

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全体をみれば「洋風建築」といっていいのでしょうけれども、
和風のアーチが連続し、2階は廊下を挟んで和室のしつらえがのぞいており、
伝統的な旅館建築の面影も残ります。

「カフェ内蔵丞」のHPによれば、
建物の普請にあたって地元の大工さんを神戸まで勉強に行かせたとあり、
洋風建築の技法を持たない地元の大工が見よう見まねで洋風を作ったという点では、
いわゆる「擬洋風」建築の一種といえるのではないかと思われます。

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元の玄関部分です。
現在の浴場(新館)が昭和29年に建てられて以降、
浴場としては使用されなくなりました。
現在は玄関部分、内装が、大きく改修されており、
建築当時の姿とは異なります(後述)。

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隣接する新館より、石州瓦で葺かれた屋根を眺めることができ、
かつての換気塔が2つ設置されているのを観察することができます。

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長命館の3階客室より眺めた薬師湯旧館です。
旧館の奥、パラソルが設置されている建物は現在の薬師湯(新館)です。

◆建築当初と現在との相違点
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前述の通り、
昭和29年の新館建築により、
浴場としての役目を終えています。

現在に見る姿は建築当初とは異なる姿であり、
以下に相違点、変遷について整理をしたいと思います。

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ヤフーオークションで手に入れた絵葉書です。
年代は大正8年~昭和4年の間と推定され(※)、
建築当初の姿であると思われます。
キャプションには「石見温泉津新湯の景」とあり、
当時「新湯」と称されていたことがわかります。

現在の姿と比べると、
①1階の平屋の張り出し部分がない(後年の増築)
②浴場入り口が男女(?)2か所設置されている
③2階の中央部分がバルコニー状に張り出している
④2階開口部にガラス窓が入っていない
などの相違点が見られます。
特に1階部分は現在とかなり様子が異なることがわかります。
塗装についても、現在は薄灰色一色ですが、
絵葉書では窓枠や柱部分が壁とは異なる濃い色で
塗り分けられていたように見受けられます。

※絵葉書の年代の根拠
http://www.tanken.com/ehagaki.html
「きかは便郵」の表記は明治33年から昭和8年2月まで、
昭和8年以降は「きがは便郵」と表記が変わったそうです。


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松陽新報昭和4年7月14日付

昭和4年の松陽新報の「温泉津特集」的な
記事に掲載されていた写真です。
写真をみると、軒下に「温泉文化休憩所」の看板が
設置されているのがわかります。
看板設置以外にはあまり改造がないように思われます。

当時の新聞の写真は使いまわされているケースがあるので、
この写真も記事が昭和4年だからといって
昭和4年のこの時に写したものとは断定できませんが、
おおよそ昭和に入ってからのものではあると思われます。

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比較のために上記の時代の姿を並べてみました。
このほか、「温泉津: 1999 : 伝統的建造物群保存対策調查報告書」では、
正確な時代はわかりませんが、
建物右側に売店のような小屋が増築されている写真が掲載されていました。

薬師湯の向かいにある山県屋旅館のHPには、
ページの下の方に1975年と記載のある、新湯の写真が掲載されています。
小さい写真なのですが、よく見るとバルコニーが残っており、
中央の玄関部分も原形をとどめた姿が確認できます。
建物左側は手前に増築されているようで雑貨屋のような雰囲気です。
山県屋旅館の画像から、少なくとも昭和50年頃までは
建物は原型をとどめていた。ということがわかりました。

玄関部分の改装は、新館ができて使われなくなった時期と想像していたのですが、
意外と最近の改装ということでちょっとびっくりです。

以下に、建物の改装についてまとめます。
1:大正8年~昭和初期・原形の姿
2:昭和4年頃・「温泉文化休憩所」の看板が取り付けられている
3:時期不明戦前・建物右側に売店が増築されている
4:昭和50年・建物左側に増築され雑貨屋が開店している
5:時期不明・改装(玄関・バルコニー撤去、窓ガラス取り付け)
6:現在・「震湯カフェ内蔵の丞」

※根拠
1・絵葉書より
2・松陽新報昭和4年記事
3・「温泉津: 1999 : 伝統的建造物群保存対策調查報告書」
4・山県屋旅館HP


◆設計・施工
 「中国地方の西洋館」や、「興雲閣修理復元基本計画」などの資料では、
この建物の設計を和泉利三郎としています。
和泉利三郎は松江城山の興雲閣を手掛けた人物です。
しかし、「温泉津: 1999 : 伝統的建造物群保存対策調查報告書」では
この建物の棟札について記載があり、

棟札によれば、
上棟:大正8年3月
施主:内藤金五郎、山根権四郎
大工棟梁:山崎仁作、松本伊作

と、いうことになっています。
上述の通り、建物建設に当たっては大工を神戸に勉強に行かせたとありますから、
山崎仁作氏か松本伊作氏のどちらか、あるいは両名が神戸へ行き、
神戸の洋館を手本にして建てた。ということになるかと思います。

◆名前の変遷
建物(温泉)の名前の変遷は以下の通りです。
新湯:建築当時
震湯:昭和10年頃
藤の湯(藤乃湯):町営時代
薬師湯:現在

◆まとめ
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以上、薬師湯旧館についてまとめてみました。
文献やネットで建築年や施工者がまちまちでありましたが、
その点についても情報を整理する事が出来たと思います。
もう少し具体的に、いつ頃どのような改修が行われてきたのか、
絵葉書などの古写真を探せれば面白いのかな。と考えています。


【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:新湯
現在の建物名:カフェ内蔵丞
竣工:大正8年
構造:木造2階建
施工者:山崎仁作、松本伊作

【撮影】
平成19年8月
平成21年9月

【参考文献】
中国地方の西洋館 平成3年 白石直典
温泉津: 1999 : 伝統的建造物群保存対策調查報告書 平成11年 温泉津町教育委員会 
島根県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書 平成14年  島根県教育委員会
興雲閣修理復元基本計画 平成21年 興雲閣修理復元・活用検討委員会











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こんにちは。
京都大学建築学科の助教をしております。
守山基樹と申します。

私は地元が大田です。
いつも楽しみに拝見しております。
素晴らしい記事ばかりですね。

よろしければメールをさせていただきたいのですが、メールアドレスを教えていただけませんでしょうか。
  1. 2016/05/12(木) 18:38:51 |
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  3. 守山基樹 #Glwr.Izs
  4. [ 編集 ]

コメントありがとうございます

守山様

こんにちは。
訪問いただき、またコメントをいただきどうもありがとうございます。
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  1. 2016/05/12(木) 23:27:06 |
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