元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

旧出西小学校その2(出雲市斐川町出西)

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以前ご紹介した旧出西小学校
竣工当時の新聞記事を確認しました。

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松陽新報(昭和4年4月5日付)

校長先生と村長さんの話が掲載されておりましたので、
建物に関連する部分を抜粋します。

「農村教育の向上に益々精進したい」
‐新宮出西校長談‐
(前略)
此の学校は明治41年の新築でありまして
当時は郡内でも有数の校舎と称えられていましたが、
其後高等科を併置したのと逐年児童の増加で
特別教室は勿論、職員室も廃し廊下や宿直室で
授業をせなければならぬ状態となりました上に、
教育の進展に伴い種々の施設改善を要することになりまして
愈々増築問題は焦眉の急務となりました所、
昨年大典奉祝記念事業として奉蔵庫の建設及び校舎、
講堂増築の議が遂にまとまり、
昨年10月起工、関係各位の努力で落成いたしました。
新講堂は梁行8間、桁行13間、
それに付属の応接室及び器具室で
内部の洋式装飾と外観は近代的色彩美に満てる
堂々たるもの新校舎は階上共8教室でありますが、
内階下の一室は職員室に充て、
他の7室は普通教室3と特別教室4であります。
別に付属建物として各2か所の昇降口と長廊下があります。
奉蔵庫は当校下一般の寄付によるもので、
校舎に一入の交際を添えるものと深く感謝の意を表します 
(以下略)



「村民各位の愛郷心を謝す」
‐出西村長常松因信氏語る‐
(前略)
児童は年々増加の趨勢にあり校舎の狭隘且不便は
名状すべからざる位で出西校増築の必要に直面した。
しかし村内各方面の事業上之を遂行すること難く
 (中略) 
この間に処して県の指導、有志の援助、
村民諸氏の熱誠は遂に増築を励行することとなり、
工費三万四千七百円(内一万円は起債、一万九千七百円は財産支消、
二千五百円は積立金支消、其他二千五百円は村費)を以て
校舎一棟、雨天体操場兼用講堂一棟を
御大典記念として建築議決を経たのは昨年8月1日のことであった。
斯くて十月下旬村内矢田甚兵衛氏に請負はしめて工事を起し、
今回竣工したのである。
尚、校舎の増築を機とし同校児童保護会並に
校下七区一般より御真影奉蔵庫一棟を
新築寄附することとなった。
此費額約700円で洵に奇特の事である。
(以下略)


以上のことから、建物のプロフィールをまとめます。

校舎2階建て1棟増築・講堂兼雨天体操場新築
起工:昭和3年10月
工費:34,700円
施工(請負):矢田甚兵衛(出西村)

この外、学校区の住民の寄付により、工費700円で
御真影奉蔵庫を一緒に新築したこともわかりました。

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増築当時の校舎の様子を見てみましょう。
右手の2階建て校舎が現存する昭和4年築の校舎、
左に同時に新築された講堂が写っています。
校舎と講堂の間に写る屋根は、明治41年築の旧校舎でしょうか。
増築校舎と講堂とを結ぶ平屋建ての建物の手前に、
奉蔵庫らしき建築物が確認できます。

現在は2階建ての昭和4年築校舎しか残っていませんが、
かつては講堂とさらにもう一棟校舎建っていたことがわかります。

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写真からの情報をまとめてみました。

●建物の施工者
「興雲閣修理復元基本計画(平成21年)」では、
興雲閣を請け負った和泉利三郎の作品として、
出西小学校と温泉津の藤の湯とを挙げています。
しかし上記の松陽新報記事では、
現存校舎の請負は出西村の矢田甚兵衛氏と記載されていますので、
もし和泉利三郎がかかわったとするならば、
明治41年に新築された旧校舎のほうなのではないか、と推察されます。

戦後直後の航空写真を確認すると、
現存校舎の後に旧校舎らしき校舎が建っているのが確認できます。

●校舎の玄関部分について
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現存する校舎部分を拡大してみます。
切妻で窓と壁板部分が装飾的に連続した、
昭和戦前期の典型的な洋風木造校舎ですが、
玄関部分だけは和風の入母屋で、
建物全体と比べてちぐはぐな印象を受けます。

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現在の玄関部分です(画像が傾いてるなぁ)。
立派なのですが、
洋風な建物本体と比べると和風の要素が強く感じられます。
よくみると柱を支える礎石部分のデザインも古風に感じます。

以下に、島根県内の大正~昭和初期に建てられた
校舎の玄関部分を紹介します。

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こちらは大正3年築の旧宍道小学校の玄関です。
建物自体も入母屋で、玄関もそれに合わせたデザインになっています。

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以前ご紹介した大正13年築の旧寺領小学校です。
建物本体も入母屋で和風の要素が強く、
玄関部分とのデザインの連続性もしっかりしています。

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こちらは昭和3年築の旧谷小学校です。出西小学校とほぼ同時期の建設で、
校舎も切妻洋風であり、玄関もそのデザインに一致したものとなっています。

こうしてみてみると、大正時代までのは和風の要素が強い校舎であれば、
入母屋の玄関は自然でありますが、
昭和に入ってからの切妻の洋風校舎に入母屋の玄関が
付いているのは不自然な感があります。
出西小学校のケースでは建物として一体感がなく、
建築当初に意図してこのような仕様にしたとは考えにくいような気がします。

この玄関部分は、
明治41年築の旧校舎のものだったのではないでしょうか。
そうであるならば(仮定に仮定を重ねる話ですが)、玄関部分のみ、
和泉利三郎の造作が現存している。ということになるかもしれません。

昭和の校舎増築の際、
明治校舎が裏に後校舎になってしまうので、
玄関部分だけ記念に残そうと新築校舎にくっつけたのではないでしょうか。


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以上、戦前の新聞記事より、
建築当時の出西小学校の詳細を明らかにすることができました。
玄関部分の仮定の話については、今後も調査を続けたいと思います。

【建物のプロフィール】
竣工当時の建物名:出西小学校
現在の建物名:出雲市環境学習センター
竣工:昭和4年(起工:昭和3年10月)
構造:木造2階建て
工費:34,700円(校舎・講堂)
設計者:?
施工者(請負):矢田甚兵衛(出西村)


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