元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

有福温泉の共同浴場について(その2)

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前回は、有福温泉に存在する(した)共同浴場について、

それぞれ古絵葉書等をもとにして変遷を整理してみました。

 

今回は明治から平成至る迄で、共同浴場の数がどのように変化していったのか、

整理しておきたいと思います(今回も文字ばかりでつまらないですョ)。

 

【有福温泉の共同浴場の変遷】

図 

各種資料、HPより有福温泉の共同浴場の変遷をまとめてみました。

 

①明治21年の皇国地誌では、浴場が6あると記されていますが、

 外の資料を見つけることが出来ず、詳しいことはわかりませんでした。


②昭和4年の松陽新報記事、昭和7年の「石見物語」では

 5つの共同浴場が紹介されています。

前回記述した通り、「舊湯」に関しては詳しいことはわかりません。


③昭和13年の「山陰案内」では、「舊湯」以外の4つの共同浴場が紹介されています。

 「舊湯」は昭和13年までには廃止されたのか、あるいはJTBによる旅行案内書なので

地元専用の「舊湯」は省略されたのか、どちらでしょうか。

 

【絵葉書にみる有福温泉の変遷】

このように、共同浴場の建築年等を踏まえておきますと、

古い絵葉書の年代特定もある程度可能になってくるのではないか。と、思われます。


2_201609132148242a1.jpg 

この絵葉書では櫻湯(大正14年築)と福の湯(昭和3年頃解体?)が確認できるので、

おおよそ大正14年~昭和3年の間に撮影されたと考えられます。

 

絵葉書をよく見ると旅館の看板なども読めますので、

他の資料と合わせて特定してみたいと思います。


3_2016091321414410f.jpg 

A櫻湯

B福の湯

①吉田屋旅館

②寺部屋旅館平成大火で焼失

③田島屋旅館平成大火で焼失

-1主屋旅館旅館は移転(旅館ぬしや)建物は平成大火で焼失

-2主屋旅館現在は「湯のまち神楽殿」

⑤三階旅館

⑥樋口旅館旅館樋口


4_20160913214145f38.jpg 

こちらは以前もご紹介した、昭和4年4月2日付松陽新報の写真です。

 

櫻湯(A)と早月湯(C)は確認できるのですが、

お堂の前に(B)福の湯も御前湯も姿がありませんので、

福の湯の解体後、御前湯の建設前の間、昭和3年~4年の間の、

わずかな期間の貴重な写真と言えるでしょう。


5_20160913214825d2b.jpg 

こちらの絵葉書は御前湯が確認できますから、

昭和4年以降の撮影と分かります。

御前湯もきれいな様子ですから、完成後すぐの撮影かもしれません。

昔ながらの温泉旅館が立ち並ぶ風情と、

近代的な共同浴場とがミックスされてなんとも魅力的な街並みです。


6_20160913214204893.jpg 

A櫻湯/B御前湯/C早月湯

①吉田屋旅館/②寺部屋旅館/③田島屋旅館

-1主屋旅館/④-2主屋旅館/⑤小川屋旅館

⑥三階旅館/⑦樋口旅館

 

 

以上、有福温泉の変遷を整理してみました。

平成の大火は、有福温泉街の景観に大きな影響を与えましたが、

その後も、活性化を目指した様々な施策が進められているようです。

若い女性にも対応できるおしゃれなカフェや宿泊施設もできており、

ぜひまた、生まれ変わりつつある有福温泉に行きたいなぁと思う次第です。


【参考文献・HP】
松陽新報 昭和442日付記事
石見物語 昭和7年 木村晩翠

山陰案内 昭和13年 ジャパン・ツーリスト・ビューロー
石見潟26号 平成24年 江津市文化財研究会
「島根県江津美人美肌の湯有福温泉」
「旅館樋口blog










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