元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

国道54号線沿線に残る戦前の橋 【その8・金原橋】

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久しぶりの国道54号シリーズ、その8は旧金原橋です。 

※「金原」は「かなはら」ではなく「かなんばら」と読むようです。


現在

(国土地理院ウオッチ図より一部転載加筆)

その7で紹介した平岩橋からだいぶ離れてしまいました。

掛谷の中心を抜け、道の駅「掛谷の里」の手前、三刀屋川にかかる橋です。


S7金原 

参謀本部 木次(昭和7年)より引用

戦前の地図ではこのような感じです。

平岩橋と金原橋の間、掛合町の入り口には「掛谷大橋」という

RC近代橋がありましたが、既に架け替えられています。


現在拡大 

(国土地理院ウオッチ図より一部転載加筆)

 橋付近の拡大図。

旧金原橋に並行して、現金原橋が架かっています。

旧道がちょっと西に曲がっていたおかげで、

国道改良の際にも生き延びることが出来たようです。


2 

現金原橋より旧橋を眺めます(掛谷側から宍道方面)。

不思議なことに橋の両側は草が生えており、

橋として通れるのは中央の部分のみとなっています。

ご覧の通りオリジナルの欄干は撤去され、

道路端でよく見かけるパイプの柵が欄干の代わりとなっています。


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ものすごくざっくりですが、実際の橋の幅と通行可能な幅との比較です。

現金原橋に歩道がないため、並行する旧橋を歩道として使っているようです。


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現橋より、宍道側から掛谷方面を眺めた橋の全体像です。

RC橋脚を2本持つI形鋼桁橋です。

(晴れの日の画像と雨の日の画像が混在していますが気にしないでください)


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宍道側から掛谷方面を眺めます。

左手に写るのが現在の金原橋です。

同じく左手に親柱らしきものが保存?されています。


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手前の柱には橋名板の跡らしきものがあるので、親柱と思われます。

奥の柱には橋名板の跡がないので袖柱?

そして欄干の一部と思われる部材が組み合わせてあります。


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この通り、橋名板の跡が残っています。

残念ながら文字は残っていませんが、島根県教育員会の「島根県の近代化遺産」リストより、

昭和8年架橋の金原橋ということが分かっています。


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それにしてもなんともいえぬ不思議なデザインです。


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が、よく見ると「原」「金」と書いてあるようにも見えます。


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橋脚は非常に華奢な印象を受けます。


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橋脚上でI型鋼桁が接続。

以前ご紹介した「畦無橋」と同じようなつくりです。


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鋼材に刻印があるか確認しましたが、見える範囲では確認できませんでした。


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橋台部分。

H型鋼桁がやや老朽化しているようで、架け替えにならないかちょっと心配です。

 

【橋の諸元】
橋名:金原橋(かなんばらばし)
竣工:昭和8
形式:I型鋼桁橋
所在地:雲南市掛合町金原/十日市
川:三刀屋川
道路:?

【撮影】
平成264月(雨の方)

平成275(晴れている方)


【参考文献】
島根県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書 平成14年 島根県教育委員会

 




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