元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

旧簸川銀行本店その2(出雲市今市町)

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以前ご紹介した出雲市の「旧簸川銀行本店」について、
その後、新たな資料も増えましたので、少し考察を加えたいと思います。

<新築記念絵葉書からの考察>
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ヤフーオークションで、簸川銀行本店新築記念の絵葉書を手に入れました。
当該の絵葉書には、新店舗・旧店舗の写真のほか、
当時の今市町の地図があしらわれています。
地図には新店舗、旧店舗それぞれの位置や、
町内の官公庁等の主要施設の位置も記載されて、
当時の出雲今市の町の姿を知る上で大変貴重な資料です。

(新築当初の姿について)
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現在の建物には、茶色のタイルが貼られています。
このタイルはブログ主の目から見ると、新築当初のものには見えず、
後年の改修によるものではないかと考えていました。
新築当時の写真があれば、現在の姿と比較できると思っていたのですが、
手に入れた絵葉書では建物の写真が小さく不鮮明で、
あまり詳細が観察できないのが残念なところです。

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それでも写真を見てみると、建物の色調は現在と変わらないようであり、
拡大して観察してみると、タイルが貼ってあるようにも見えることから、
タイル張り(あるいは化粧レンガ張り)は、後年の改修ではなく、
当初からのデザイン(あるいはそれを踏襲したもの)であることが推察されます。

5_20170427231221ac8.jpg
写真を並べて比較してみました。
玄関部分が自動ドアに改造され、建具も変わっていますが、
外壁は同じような色調なので、現在もオリジナルを保っているのでしょうか??

(旧店舗の姿について)
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絵葉書には旧店舗の写真もあります。
銀行といいながら、伝統的な商家建築そのものだったことが分かります。
旧店舗の建物は、隣家に比べて2階の軒が相当低く、
屋根には竈などの煙を抜くための越し屋根もついていることから、
かなり古い時代の商家建築と思われます。

簸川銀行の開業は明治30年であり、
この旧店舗は開業当初から使用されていたものと推察されますが、
上述の通り、商家のつくりとしてかなり古い形態であると思われるので、
銀行開業によって新築されたというよりは、
既存の商家を改造して簸川銀行の店舗としたものではないかと思いました。

img3241.jpg
また、絵葉書の地図より、旧店舗は新店舗の向かいにあったことがわかります。
旧店舗のあった場所は現在、和菓子の老舗、「いしはら菓子舗本町店」となっています。

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木子七郎の新店舗にばかり目を向けて、
後ろの旧店舗の写真はまったく撮影していなかったので、
グーグルストリートビュー様より、画像を拝借しました。
相変わらず詰めが甘い・・・。

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如何なものでしょうか、
現在の建物は1階部分は店舗に改装されていますが、
2階部分を観察すると、窓の配置や隣の商家との屋根の高さの差など、
旧店舗の形態の特徴がそのまま残っています。

新店舗への移転後に、旧店舗が立て直された可能性も無いとはいえませんが、
伝統的な商家建築であっても、近代以降に建てられたものは、
時代が新しくなるにつれて、2階部分の軒が高くなる傾向にあります。

当該建物(現在のいしはら菓子舗本町店)が立て直されたとすれば、
新店舗への移転が行なわれた大正9年以降であり、
この時期に、商家風の建物をあえて2階軒の高さを旧来同様の低さで
新築することは現実的ではないと思われます。

(まとめ)
・絵葉書の写真より、現存する簸川銀行の建物は、当初より、茶色系統のタイルかレンガが貼られていた可能性がある。
・新築する以前の旧店舗は、新店舗の向かい(現在のいしはら菓子舗本町店)にあった。
・その旧店舗の建物は伝統的な商家風の建物を改造したもので、現存している可能性がある。




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  1. 2017/04/27(木) 23:19:16|
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