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元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

松江大橋をうつした絵葉書の年代測定法(その7)

①img325
その6までの項において、
松江大橋周辺の構築物やバスの変化に注目して年代を推定してきましたが、
この項では橋そのものの変化に焦点を当てて、
絵葉書の年代特定をより確実なものにしていこうと思います。

先代の松江大橋は明治44年に開通し、
昭和12年に現在の松江大橋に架け架け替えられるまでの間、
松江の南北を結ぶ大動脈として重要な役割を果たしてきました。

この先代松江大橋は架橋から架け替えの間に、
一度、その様相を大きく変えています。
次の絵葉書二葉をご覧ください。

②
いかがなものでしょうか、同じ先代大橋の絵葉書なのですが、欄干のデザインが大きく変わっています。
当時の新聞を調べてみたところ、昭和4年の改修によって欄干の交換が行われたという事が分かりました。

③t130219松江大橋(山陰)
(山陰新聞 大正13年2月19日付)

大正13年の山陰新聞には、
松江大橋の橋面には穴が開いているからよそ見をしていると危ないという風刺漫画が掲載されていました。
明治44年の開通以来、長く松江の南北を結ぶ唯一の橋として重要な任を務めていましたが、
大正も末期となるとさすがにくたびれてきたようで、このような漫画が描かれるほどになっていたようです。

③img888
こちらの絵葉書は、昭和3年~4年頃、改修直前の松江大橋を写したものと推定されるものですが、
橋面や欄干をみると相当にクタビレている様子がうかがえます。

③img888t
上掲の絵葉書を拡大してみますと、橋面に穴が開いて状態が悪いことや、
欄干がゆがんでいる状況がよく確認できます。
欄干には補強と思われる金具も取り付けられています。

このように、橋面や欄干の腐朽は深刻だったようで、
昭和4年には修繕を実施することが決まりました。

④040117大橋改修
(松陽新報 昭和4年1月17日付)

「年度明け早々から松江大橋の大修繕」
名所松江の点睛となっている松江大橋は橋面の欄干が腐朽し
枢要交通路としての支障あるばかりでなく美観もはなはだ損しているので
県では一万四千円以上をかけて明年度に橋面を大修繕し
幅員も両側に一間づつ拡張することになっているが
何分にも交通の劇しいところだけに修繕期間中は全部または片側の交通路を修繕し
(中略)
大橋の欄干は従来通りの擬宝珠附とする計画である。


年度明け早々という事だったので4月くらいには工事が始まるものと思われましたが、
何らかの事情があったのか、工事が始まったのは7月になってからのようでした。

⑤040729大橋修繕(山陰)
(山陰新聞 昭和4年7月29日付)

昭和4年7月29日の新聞には、修繕工事が昭和4年7月27日より開始されたことが記されていました。
新聞に掲載された写真は旧来の欄干を撤去する作業をしているのか、工夫が何やら作業をする様子が写っています。

翌30日の山陰新聞には、今回の修繕工事の概要が掲載されていました。
⑥040730大橋の高欄徳川式(山陰)
(山陰新聞 昭和4年7月30日付)

「非常に堅牢に大橋の大修繕」
「総工費一万七千円 徳川式日本の高欄」
既報の如く松江大橋の大修繕は二十七日から着工、
炎天下も物かは汗だく汗だくで工夫さん連は修繕を急いでいるが
この工事費は一万七千円で九月一杯には完成の見込みである
目下南詰より工を進め高欄の部を架変え橋梁の幅員は
現在の五間を両端それぞれ二尺五寸宛都合六間に拡張するが
橋板は基より全部張り変え三寸厚のものにアスファルトで橋面を張り付ける筈である
それでこのアスファルトは舗道は一寸の厚さで車道は一寸以上にする予定で
(中略)
尚高欄に就いては現在のものは様式が高欄としての
如何なる型にも充てはまっていないので
水郷松江に相応しい徳川式でヒノキの白木造りとする事となっているので
(後略)


記事の内容をまとめますと以下の通りです。
・昭和4年7月27日着工
・工費は17,000円
・高欄を作り替え(様式を徳川式、檜の白木造りとする)
・橋板を厚さ3寸(約11㎝)に全て張り替える
・橋面の舗道は1寸(3.8㎝)、車道は1寸以上の厚さのアスファルト貼り付けを施す
・幅員を両端2尺5寸(95㎝)づつ拡幅
・全幅員を5間(9m)から6間(10.9m)とする

⑦
ここで注目すべきは、欄干を作り替えたことでありましょう。
新聞記事では従来の欄干の様式が「高欄に就いては現在のものは様式が
高欄としての如何なる型にも充てはまっていないので」と指摘していますが、
確かに更新前の欄干は伝統的な和風の様式に比べると、
些か簡略化されたデザインのように感じられます。
 
橋の幅員を2m近く広げたという事も、先代松江大橋の外観と変化としては
重要な要素ですが、絵葉書でその変化が明確にわかるかというと、
写真を撮影した角度が絵葉書よって異なる訳で、
でなかなか明らかに幅が広がったことがわかるような比較ができませんが、
舗道の人が並んで歩いている箇所を色々確認してみますと、
確かに歩道部分が以前に比べて幅が広くなっているように感ぜられます。
また、橋の側面を観察してみますと、更新前は鉄製桁がよく確認できるのに対し、
拡幅後は桁が橋面の陰に隠れて見えなくなっている絵葉書が多く、
この点からも橋面の拡幅が行われた事が示唆されます。

⑧040911松江大橋新装成る(山陰)
(山陰新聞 昭和4年9月11日付)

7月27日に着工した工事は着々と進み、同年9月10日ごろまでには橋面の張り替えと欄干の改築工事が完了したようです。

⑨040915新装松江大橋舗装
(松陽新報 昭和4年9月15日付)

橋面、欄干工事の後には、アスファルト舗装が実施されました。

⑩040921松江大橋舗装工事
(山陰新聞 昭和4年9月21日付)

山陰新聞には当時のアスファルト舗装工事の写真が掲載されていました。
歩道部分にアスファルトを塗り付けている様子が分かります。

⑪040929モダン大橋成る
(松陽新報 昭和4年9月29日付)

全ての工事が終わったのは昭和4年9月下旬、
9月29日より、新装なった大橋の交通が許可されました。

⑫img799
以上、松江大橋の改装工事についてまとめました。

自明列をまとめますと下記の通りです。
7月27日    欄干、橋面張替えの工事着工
9月10日ごろ  上記工事竣成
9月20日ごろ  橋面の舗装工事実施
9月29日    舗装工事竣成、大橋の交通許可  

このように、松江大橋の改装に関しては工事開始から終了まで、
多くの新聞記事が見つかり、工事の詳細を確認することが出来ました。
絵葉書の年代特定を行う上で、
欄干のデザインが異なることはよい指標となるものと思われます。






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