元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

関の五本松公園慰霊塔(平和祈念塔)

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美保神社で名高い美保関は現在は松江市の一部となっていますが、
もともとは島根県八束郡美保関町という独立した町でした。
(以上の経緯からこの物件を「松江」のカテゴリでご紹介するのには抵抗があります)

美保関の山の上には民謡「関の五本松節」を記念した関の五本松公園があり、
公園内の海を見下ろす広場にこの慰霊塔が建っています。

何の慰霊塔かと申しますと、
昭和2年8月に美保関沖で発生した「美保関事件」殉職者の慰霊塔です。

美保関事件は、美保関沖で行われた聯合艦隊の大演習に発生した接触・沈没事故です。
昭和2年8月24日、夜間水雷攻撃訓練中の第5戦隊において、
巡洋艦「神通」が駆逐艦「蕨」に衝突し「蕨」が沈没、
さらに「那珂」が駆逐艦「葦」に衝突し、「葦」が大破、
あわせて130名の殉職者を出す大惨事となってしまいました。

この殉職者のための慰霊塔建設を「松陽新報社(現山陰中央新報社)」が主唱し、
昭和4年11月にこの慰霊塔が建設されました。

画像を見ますと「平和祈念塔」という文字が読めるかと思いますが、
建設当時は東郷元帥筆による「慰霊塔」の文字が掲げられていました。
戦後のGHQの指導や風潮もろもろで「慰霊塔」の文字は撤去され、
大戦の戦没者を合祀し「平和祈念塔」と改称されています。
さらにその後、塔の老朽化が進んだため、
殉職者・戦没者は美保神社に合祀され現在塔は空家になっています。

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なんという様式なのかは不明ですが、
曲線が取り入れられた大変近代的なデザインです。
昭和4年という時期に、美保関という交通不便の地にこのような
モダンなデザインの塔が建てられたというのは特筆に価するのではないでしょうか。

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コンクリートの剥落などが見られ、状態はよくありません。
画像は平成14年に撮影したものであり、
その後解体されたという話は聞きませんが
どのような状況になっているのか確認したいところです。

【参考文献】
美保関町誌上巻(昭和61年)
現地案内板

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  1. 2012/02/16(木) 21:30:02|
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