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旧美又信用購買販売組合その3(浜田市金城町追原)

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浜田市金城町追原の美又信組事務所については、日本ジャーナリスト教育センターさんが
建物利活用を目指してクラウドファンディングを実施中ですが(2023.10.10現在)
その活動報告から、大きなニュースが飛び込んできました。

島根建築士協会の協力の元、屋根裏から取り出した板図に、
昭和10年12月25日に竣工したことが記されていたというのです。
当ブログでは2014年に、資料の調査により金城町誌に
「昭和12年2月に追原に二階建て事務所を新築した」という記述を確認し、
これをこの建物の竣工年ではないかとしてきました。
その後、島根県教育委員会でまとめられた「島根県の近代和風建築」(2018)でも、
同じく金城町誌より、美又信組事務所の竣工を昭和12年2月としており、
これが現在まで美又信組事務所の竣工年とされてきていました。
今回の板図の発見により、竣工年が1年以上も早まったことになります。

では、金城町誌にあった「昭和12年2月に新築した。」
という記載はいったいどうしたことだったのでしょうか。

①昭和12年2月は実際の竣工ではなく記念式典を行った年月日だった?
 戦前の公共施設の竣工記念式典の新聞記事を読むと、建物が実際に完成した時期と、
記念式典を行った時期とが数か月、半年から1年ずれているケースが少なくありません。
吉日を選んだり、気候の良い時期を選んだり、様々な理由があったのでしょう。

②昭和12年2月は手続き上の竣工年だった?
121102日銀松江支店y
(大阪朝日新聞島根版 S12.11.2)

一例として、旧日本銀行松江支店の事例をご紹介します。
 旧日本銀行松江支店の竣工は、様々な公の資料でも昭和13年とされていますが、
当時の新聞記事を見ると、前年の昭和12年11月に建物は完成しており、
11月のうちに竣工修祓式を開催、12月上旬に執務開始とあります。
記念式典も昭和12年中に開催されているのに、公の記録では昭和13年竣工としている理由は
どこになるかということになるわけです。

130326出来上がった日銀松江支店y
(大阪朝日新聞島根版 S13.3.26)

昭和13年3月の新聞記事では、
「さきほど松江市京橋橋畔に壮麗な姿をもってデビューした日本銀行松江支店の
新築工事はいよいよ三月末をもって不動産取得税の申告期限となるが-(以下略)」

とあります。この記事からすると、公に伝えられている昭和13年3月というのは、
記事中にある「不動産取得税の期限」を以て竣工としているのではないかと思われますが、
いかがなものでしょうか。

美又信組事務所の築年についても、実際に(物理的に)竣工した昭和10年12月25日に対して、
金城町誌では、何らかの手続きが完了した年月日をもって、昭和12年2月に新築した。
という記載にしたという考え方もできるというわけです。

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  1. 2023/10/09(月) 14:40:23|
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