元島根県民のお部屋

島根県の近代建築・近代化遺産と、路面モジュールのブログ

松江大橋をうつした絵葉書の年代測定法(その5)

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松江大橋を写した絵葉書について、(その1)(その2)(その3)(その4)と撮影年代を考察してきました。
その後に入手した絵葉書についても考察をしてみたいと思います。

【昭和12年の絵葉書】
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なにわ本店側から撮影した当代(17代)大橋の絵葉書です。
このアングルからの絵葉書は珍しいと思います。

川面に小舟が浮かんでおり、何か作業をしているのでしょうか。
橋の上からはその作業を見ているのか、大勢の人が川面を見下ろしています。


橋脚のコンクリートも真新しい感じがしますので完成直後の姿でしょうか。
テラス上に灯篭型照明がありませんから、これが設置された昭和13年以前であることは確実です。

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赤丸で囲った部分に注目です。

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上記赤丸部分を拡大したものです。

なんらかの塔から日章旗が掲揚されているようです。
開通記念式典の際、南詰に建てられた仮設の塔の先っちょ部分と思われます。
「松江市市制施行110周年記念『松江今昔』」の大橋開通の写真に写っていました。

ということで、この写真は昭和12年10月、17代目大橋開通直前or直後に撮影されたものと思われます。

【明治44~45年の絵葉書】
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こちらはだいぶ昔になって16代目松江大橋の絵葉書です。
これもなにわ本店側から橋南方面を撮影したものです。
橋南方面はあまりキーとなる建物がないため、撮影年代を考えるのがむつかしいのですが、
水道管が渡されていないので、大正7~8年以前に撮影されたというが分かります。

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この絵葉書にはスタンプが押印されていました。
独特の書体で読めないのですが、何らかの記念の物産展?が開催されたような雰囲気です。
明治45年という年号がはっきりと記されていますので、
この絵葉書は明治45年以前に撮影されたという事が分かります。

16代目松江大橋の開通が明治44年3月ですから、
この絵葉書は16代目大橋開通時にかなり近い時期に撮影されたものと思われます。


  1. 2018/02/18(日) 15:52:59|
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横田小学校校門門柱(奥出雲町横田町)

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出雲横田駅からほど近く、横田小学校の門柱は大正10年に建造された歴史のあるものです。

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2mくらいあるのではないでしょうか。立派な門柱です。
「横田歴史文化写真帳」によれば、横田小学校の校舎増改築を記念して建てられたとのことです。
上記写真集には生徒総出で門柱を引っ張る写真が残されています。

【撮影】
平成29年4月

【参考文献】
「島根の近代化遺産」  平成14年 島根県教育委員会
「横田歴史文化写真帖」  平成16年 横田町文化協会

  1. 2017/12/31(日) 12:09:23|
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松江大橋をうつした絵葉書の年代測定法(その4)

(その1)(その2)(その3)の番外編です。

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(その4)では現在の松江大橋の絵葉書について考えてみたいと思います。

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(松陽新報 昭和12年10月19日付)

前回まで検証してきた16代目松江大橋は明治44年の架橋以来、
松江の橋南・橋北を結ぶ重要なルートとして重きをなしてきましたが、
年を経て老朽化が進み、昭和に入ると改架に関する議論が上がるようになりました。
紆余曲折の末、昭和12年10月18日に17代目となる現在の松江大橋が開通します。

【昭和13年以降の絵葉書】
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ブログ主の所有する17代目松江大橋の絵葉書はこの1枚のみです。
開通時すでに大陸における事変は拡大しつつあり、内地の生活や経済にあっても、次第に影響がでつつある時期です。
資材統制の影響なのでしょうか、絵葉書の紙質が恐ろしく悪く、アルバムに収納しようとしたら角が欠けてしまいました。

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絵葉書の拡大。①~③の要素について考えてみます。

①松江キネマ倶楽部
絵葉書で目立つのは松江キネマ倶楽部の塔の部分がなくなっているという点です。
いつ撤去されたのかは不明なのですが、
開通時の絵葉書でも塔の部分がなくなっているのが確認できますので、
少なくとも昭和12年の段階では塔はなくなっていたようです。
16代目松江大橋を撮影した絵葉書は、
南詰東から北詰松江キネマ倶楽部を中央に据えて橋全体を写したものが多いのですが、
当代の松江大橋になると上記の構図の絵葉書はあまり見かけなくなります。
塔を撤去した松江キネマ倶楽部の姿が「見栄えが悪い」からなのではないかと思っています。


②松江市営バス
橋の上を走る「銀バス」は松江市営バスと思われます。

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(松陽新報 昭和12年2月9日付)

松江大橋開通の年、松江市ではモダンな新型バスをデビューさせています。
松陽新報の記事では、旧松江公会堂前に整列した新型バスの写真を載せていますが、絵葉書にあるバスとそっくりです。


③橋上の灯篭型の照明
この絵葉書の年代を決める上で一番の決め手になるのは、橋中央のテラスに据えられた灯篭型の照明器具です。
現在もテラス上には灯篭型の照明器具が据え付けられてありますが、開通当初は設置されてありませんでした。

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(松陽新報 昭和13年4月7日付)

「松江大橋の照明燈」
水郷松江のシムボルである松江大橋は昨年改架以来照明設備が自局の影響で遅れていたが
五日夕方迄に東京電気製水銀燈装置の春日燈篭型の照明燈4個が橋の中央に装置され・・
(後略)


以上のように、橋中央の照明は昭和13年4月5日に設置されたとありますので、
絵葉書に照明があれば、昭和13年4月以降に撮影されたもの。という事が言えるわけです。


  1. 2017/12/27(水) 16:18:55|
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松江大橋をうつした絵葉書の年代測定法(その3)

(その2)からの続きです。

【昭和7年~昭和8年の絵葉書】
S7~S8
これまでの絵葉書と若干構図が異なり、川下に大橋館も写っています。

S7~S8t
①原田時計店
未だ改築されていないので昭和8年以前という事が分かります。

②大橋館
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松陽新報昭和7年8月18日付

前述の通り、大橋川沿いの旅館大橋館は昭和7年8月に新築開業していますので、
昭和7年8月以降の風景という事になると思います。

③市営バス
バス
市営バスの塗装が旧塗装ですので、昭和9年4月以前ということになります。

以上のことから、
この絵葉書は昭和7年夏以降から昭和8年までの間に撮影されたと考えられます。

【昭和8年~昭和9年の絵葉書】
絵葉書S8~S9
最後の絵葉書です。
一番目につくのは右端、真新しい原田時計店の時計台ですね。

絵葉書S8~S9t
①原田時計店
この絵葉書ではついに原田時計店が改築されてしまいました。
昭和8年9月2日付の山陰新聞に
「原田時計店8月31日より新築移転」という広告が掲載されていましたので、
この絵葉書は昭和8年9月以降の撮影と思われます。

②市営バス
市営バスはまだ旧塗装ですから、昭和9年4月以前という事になります。

以上のことから、この絵葉書は昭和8年の夏以降、
昭和9年の春ごろまでに撮影されたものという事が推定されます。


(まとめ)
以上、建物やバスの塗装の変化から松江大橋の絵葉書の撮影年代を推定してみました。
このように、建物や乗り物のバスの変化を見ることで、
絵葉書の写真が撮影された年代を大まかにですが特定することができるのではないかと思われます。

原稿を書いている途中で大橋の上流側に併設されている水道管の存在に気が付きました。
松江市水道局のHPによれば、松江市上水道は大正7年6月に給水開始となっていますので、
この辺りをもう少し詳しく調べますと水道管の有無でも年代が確認できるはずで、
まだまだ絵葉書の中に年代を特定できる要素はあるのではないかと思われます。


  1. 2017/12/24(日) 16:38:18|
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松江大橋をうつした絵葉書の年代測定法(その2)

(その1)からの続きです。

【昭和4年~昭和7年の絵葉書】
絵葉書S4~S8
(その1)で紹介した絵葉書と変化がないようにも思われますが、下記のような変化が見られます。

絵葉書S4~S8トリミング1
①原田時計店
原田時計店はまだ明治築のものですから昭和8年以前という事が分かります。

②橋の上を走っているバス
絵葉書S4~S8バストリミング
絵葉書のバスの部分の拡大です。
写真手前に文化自動車バス同様の古風なモニター屋根付きバス、
そのバスの前をやや近代的なバスが走っています。
塗装は文化自動車バスとは塗装が異なるようです。

昭和4年4月3日市営バス
松陽新報昭和4年4月3日付

松江市営バス開業時の新聞記事より、開業当初のバスの写真です。
昭和4年に文化自動車、松江自動車より営業権、バスを譲り受け、
松江市営バスが開業しました。開業当初の市営バスの塗装は下半分水色、
黄色い線に窓部分は黒色という姿でした。
絵葉書に写るバスは塗分けからして、開業当初の松江市営バスと考えられます。

昭和9年4月15日市営バス
松陽新報昭和9年4月15日付

市営バスの塗装は昭和9年4月頃から銀色に青線の「銀バス」に変更されますから、
塗装の変遷をみれば、昭和4年~9年、昭和9年以降と年代特定ができます。

この銀バス仕様も時代の特定に使えそうなのですが、
ただし、銀バスに関しては、同じ時代に走っていた一畑電鉄バスや本庄自動車なども
同様の塗装のため(白黒では区別がつかない)、注意が必要と思われます。

③大橋館
絵葉書③の部分ですが、橋詰に川岸に面して建物が確認できます。
昭和6年に末次大火が発生し、現在の東本町一帯が焼失しています。
当時の写真を見ると、大橋北詰の③のあたりは焼失を免れたようですが、
大火後の区画整理により、大橋~新大橋の間の大橋川岸に面して道路が新設されています。

07818大橋館新築広告t
松陽新報昭和7年8月18日付

昭和7年8月18日の松陽新報に大橋館新築の広告がありました。
この新築の写真を見ると、旅館前に道路があり、
昭和7年8月の段階では川岸の道路が新設されていたという事が分かります。
絵葉書では橋詰にも建物がありますので区画整理前に撮影されたものと考えられます。

以上のことからこの絵葉書は、松江市営バスが営業を開始した昭和4年から、
少なくとも昭和7年8月の大橋館新築前に撮影されたものということが推定できます。

(その3)へ続きます。
  1. 2017/12/24(日) 16:24:57|
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